第51話 月が綺麗な夜に

<前回までのあらすじ>

 聖域を目指す善道たちを待っていたのは、化学教師のアインシュタインだった。アインシュタインの薬品を染み込ませた白衣攻撃により、切り込み隊長の太郎が敗れる。

 動揺を隠し切れない善道たち。このまま全滅もあり得るというその時、倒れたはずの太郎が蘇る。

 太郎の執念の攻撃により、遂にアインシュタインを倒すことに成功する。

 だが、その勝利の果てに得たものは夢へと続く希望の道と、かけがえのない仲間の死だった。


 悲しみをこらえ、三人は進む。彼らの夢の果てを見るために。


***


 階段を再び一段ずつ進んでいく。

 そして、いよいよ女子部屋がある階が見えた。物陰に隠れ、様子を伺うが誰もいないようだ。


 見張りはアインシュタインだけだったのだろうか?


「……怪しいね」


 次郎がポツリと呟き、三郎が頷く。


「相手は教師っしょ。この程度ですんなり行けるとは思わないっしょ」


「ほお。ただのバカかと思えば、意外と冷静なところがあるじゃないか」


 カツンという靴音と供に、下の階から姿を現したのは体育教師の盛田先生だった。


「アツモリ……! やはりいたのか」


 盛田敦先生――通称アツモリ。趣味は筋トレとトライアスロン。かつては地方のトライアスロン大会を荒らし回っていたという、超肉体派の教員だ。


「盛田先生だ。さて、ここまで来たことは褒めてやろう。やっていることはバカなこととはいえ、お前らの団結力、執念は評価できるところがある」


「それはありがたいですね」

「そうっしょ。ついでに、そこを通してくれると一番嬉しいっしょ」


「それは出来ん願いだな」


 戦闘の構えを取る次郎、三郎の願いはあっさりと切り捨てられる。


 やるしかない……か。アツモリは強敵。三人で挑んでも勝てるか分からないが、やるしかない。


「善道、お前は先に行くっしょ」


 だが、三郎は俺に先へ進めと言った。


「バカなこと言うな! 女子部屋に行きたいと言ったのは俺だ! 行くならお前らから行きやがれ! 俺は責任を取る必要がある!」


「責任……ね。アカリンに許可を貰ったのは誰だい?」


「それは、俺だが……」


「つまり、そういうことだよ。君が果たさなければならない責任は一つ。アカリンとの約束を守る。それだけだよ」


 次郎の言葉に三郎が頷く。


 次郎の言うことは尤もだ。だが、それでいいのか?

 昨日だって、俺が邪魔したせいでこいつらは女子風呂を覗けていない。それに、今日の昼も俺の我儘をいくつも通している。

 それで、ここでも俺を立てて、俺ばかりいい思いしてお前らは納得できるのか?


「そんな不安そうな顔するなっしょ。俺たちは善道に感謝してるっしょ。善道が転校してきてから、凄く変わった。端から眺めるしか出来なかった女神たちと喋ることが出来たっしょ。学園祭ではライブだって見れた。お前のおかげっしょ」


「そうだよ。それに、僕らが君に無理矢理ついて行っていると思うのかい? だとしたら心外だな。僕らは友達だろ。僕らは皆、君のことが好きだから着いて行くのさ、君に託すよ」


 二人の言葉に目頭が熱くなる。


「三郎、次郎……。悪い。恩にきる。待ってるから。必ず来い」


 二人に背を向けて走り出そうとする。


「長々と話しているが、俺が行かせると思っているのか?」


 一瞬だった。

 いつの間にか、階段の下にいたはずのアツモリの声が、俺の真後ろに迫って来ていた。


 まさか、さっきの一瞬で次郎と三郎が倒されたのか?

 いや、だとしても俺が後ろを振り返る必要はない。俺は託された側だ。なら、俺に託したあいつらを信じて前に進むだけ。


「行かせねえっしょ」

「そうだよ……。僕らの夢は善道が叶える!!」


「くっ!? お前ら……!!」


 背後から聞こえる声が徐々に遠のいて行く。

 ありがとう……。本当に、ありがとう。

 

 あいつらがお膳立てしてくれた、俺の夢までの道のり。あいつらのためにも俺は必ず夢の果てを見ないといけない。


 二階の廊下を突き進む。イリス様たちがいる部屋はその階の奥にある。バレないように慎重に、かつ素早く移動する。

 そして、遂にゴールの前に辿り着いた。


「はーい。あっくん! 来てくれたんだ! ほら、入りなよ!」


 扉をノックして、少ししてから星川が扉を開け、俺を招き入れる。それに感謝しながら俺は部屋に入った。


「待ってたんだよ! あれ? 他の人は……?」


「途中ではぐれちゃったんだ……」


「そっか。まあ、とりあえず一緒に遊ぼうよ!」


 俺が寂しそうな表情を浮かべていたのだろうか。星川は、俺を元気づけるように明るい笑顔を浮かべてきた。


 星川に案内されて、部屋の中に入る。

 星川の部屋にいるのは愛乃さんにイリス様、そして前野さんだった。

 美少女四人。そこには確かに俺が望んだ光景が広がっていた。


 だが、どこか物寂しい。


 十分が経過しても、次郎と三郎がくる気配は欠片も無かった。


「ごめん。星川。俺、行かなきゃ」


 持っていたトランプを置いて立ち上がる。

 俺が戻ることをあいつらが望んでいないこと何か痛いほどよく分かっている。それでも、あいつらを置いて俺だけ幸せになるなんてダメだと思ってしまった。


「……そっか。うん。いってらっしゃい」


 一瞬、寂しそうな表情を浮かべたものの直ぐに笑顔を浮かべる星川。周りの三人は何のことだかよく分かっていないようだった。


「悪い」


 イリス様たちに背を向け、部屋のドアノブに手をかける。

 そして、ドアノブを捻ろうとした時、裾が僅かに引かれた感覚がした。後ろを振り返ると、そこには星川がいた。


「出来たらでいいから、戻ってきて欲しいな」


 俯いていて表情が分かりにくいが、星川の弱弱しい声から星川を悲しませているということだけは分かった。


 戻ってこれる保証なんてどこにもない。これから俺は自ら死地に向かうのだから。


「分かった」


 それでも、何故か俺の口は星川のお願いをあっさりと了承していた。

 嬉しそうな笑みを見せる星川に別れを告げ、部屋を出る。


 待ってろ、太郎、次郎、三郎。やっぱり、お前らがいる方が面白いんだ!


 …………。


「ごめん。記念に写真だけ撮らない?」


「へ?」


 部屋に戻ると、唖然としている星川がいた。とても気まずかった。


***


「ありがとうございました~」


 気まずかったが、何とか写真を撮ってもらうことに成功した。これで、太郎たちへのお土産も準備できた。

 今度こそ、行くぞ!!


 元の道を戻る。階段のとこへ戻ると、そこにはボロボロになって横たわる次郎と三郎、そして息を切らした状態のアツモリがいた。


「悪い。次郎、三郎。やっぱり、俺はお前らを見捨てられねえよ」


「善道……どうして……?」

「馬鹿野郎っしょ……」


 次郎と三郎が驚きの表情を浮かべ、俺を見上げる。


「お前らの思いを踏み躙ってるって分かってる。でもよ、やっぱりお前らと一緒に、あの景色は見てえんだ。お前らを犠牲にした勝利なんてやっぱり間違ってる」


「善道……」

「お前ってやつは……」


 俺の我儘で始まったんだ。太郎たちには申し訳ないが、終わり方も俺の我儘で決めてやる。


「ほう。戻って来たか。馬鹿な奴め。だが、お前の仲間もお前も、これから仲良くお説教だ」


「それはどうだろうな。俺たちを舐めるなよ」


 俺はガキだ。

 だから、犠牲を前提としなくては成功も幸せもないなんて信じたくない。

 いつだって、俺が目指すのは最高のハッピーエンドなんだ。


 階段から飛び降りて、俺はアツモリに立ち向かった。


***


「これに懲りたら二度とこんなことするなよ」


「「「「はい」」」」


「気持ちは分かる。だが、規則を破ることは良くないことだ。分かるな?」


「「「「はい」」」」


「本当なら反省文を書いてもらうところだが、明日もある。今日は説教で終わりにしてやるからさっさと寝ろ」


「「「「はい」」」」


「あと、善道は捻った足を安静にしとけよ」


「……はい」


 階段から飛び降りた俺は着地を失敗し、足を捻った。そして、立ち上がれずにいるところを呆れた表情を浮かべるアツモリに捕らわれてしまったのだ。

 

 わざわざかっこつけて戻ったのに、自滅するなんて……恥ずかしい!!


 一時間を超える説教と、アツモリとの戦闘で心身ともに既にボロボロ。眠気しかないということで、俺たちは電気を消して直ぐに眠りについた。


 結局、イリス様ともあんまり喋れなかったし、俺は何をしていたんだろう……。まあ、いいか。

 終わったことは忘れて、明日に備えてゆっくり眠ろう。


 …………ダメだ!!


 目を閉じて眠ろうとした直前で、目を開け上半身を起こす。


 危ねえ。あともう少しで、星川との約束を破るところだった。

 時刻を見ればもう深夜の一時。星川が起きているとは思えないが、約束を破るのは良くない。

 だが、アツモリの説教を受けた後で女子部屋に行くのも良くない……電話するか。


 スマホを持って広縁に出る。

 広縁とは、旅館の和室の窓際にある、椅子が二つ向かい合って置かれることの多いスペースだ。外の景色が見れる気持ちの良い場所である。

 

『あっくん?』


 通話のボタンを押して、星川を呼ぶ。星川は思ったよりも直ぐに出た。


「お、おう。悪いな、こんな時間に。もしかして寝てたか?」


『ううん。起きてた。あっくんを待ってたんだよ』


 恐らく眠いのだろう。普段の明るく、ハキハキした星川の声とは違い、どこかのんびりとしている落ち着いた声だった。


「約束のためにか?」


『うん』


「その、すまん。先生に怒られちまってな、流石にそっちには行けそうにない」


『そっか』


 少しだけ沈黙が続く。


 もしかしたら星川を怒らせてしまっただろうか? だとしたら滅茶苦茶申し訳ないんだが……。


『ねえ、あっくん』


 星川に謝罪しようと思ったが、それより先に星川が喋りだす。


『明日さ、二人でUSNまわれないかな?』


「明日か……?」


『うん。ダメ?』


 正直、あまり良くはない。普段の帰り道を歩くならまだしも、USNを二人で回るのはデートに近いものがある。

 俺がデートするのはイリス様だけだ。


 だが、今回の約束を破ってしまったのは俺だ。それに、星川にはこれまでたくさんお世話になっている。


「分かった。でも、二時間だ。それでもいいか?」


 迷ったが、今回だけ星川と遊ぶことにした。星川も俺のことを友達だと思ってくれているのだろうし、今回も友達と遊びたいと思っての行動……のはずだ。

 他意はない……と思う。


『うん。それでいいよ。ありがとう』


 星川のお礼を聞き、時間を確認する。


 もうかなり遅い時間だし、寝た方がいいよな。


『月が綺麗だね』


 前触れもなく、唐突に星川はそう呟いた。空を見上げれば、星川の言う通り綺麗な満月がそこにあった。


『明日、楽しみにしてるね。おやすみ』


 俺が何かを言う前に、星川は通話を切った。


 月が綺麗ですね。


 それは、あの夏目漱石が『I LOVE YOU』をそう訳したという話から一気に有名になった言葉だ。

 今よりもずっと昔、面と向かって『愛している』と言えなかったシャイな日本の男性なりの、愛を伝える告白の言葉。


 ……いや、まさかな。

 星川は『月が綺麗だね』と言っただけだ。『月が綺麗ですね』とは言っていない。それに、この言葉を使うのは男性側だ。

 きっと、違うはずだ。


 ……もしも万が一、星川が俺に恋しているとして……。

 悪道としてだったら、返事は一つに決まっている。


 でも、星川が善道悪津という俺に恋しているのだとしたら、その時、俺は、善道悪津は何と答えればいいのだろう。



 空を見上げる。

 そこには綺麗な満月が一つ。何も言わずに、静かに俺を照らしていた。

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