第47話 夜の一幕

 目を覚ますと、そこは旅館の自分たちの部屋の中だった。俺の横には布団の中で眠る太郎、次郎、三郎がいた。


 ちょっと待て! 今何時だ!


 焦って、近場にある時計を探す。時刻は既に二十三時を回っていた。


 ま、まじかよ……。折角の修学旅行で俺は何て無駄な時間を過ごしちまったんだ……。


 軽い絶望感を感じていたが、不意に喉が渇いてきた。水道水という気分でもないため、ロビーにある自動販売機まで向かうことにした。


 ロビーまで下り、自動販売機に向かうと、イリス様が自度販売機の前のソファに腰かけていた。


 ふおおお!

 浴衣姿のイリス様だ! めちゃくちゃ可愛い!

 特に浴衣の隙間から見える素肌が色白で、見ているだけで胸がドキドキと高鳴るぜ!

 それにしても、こんな場面で二人きりになれるチャンスが来るとは、正しくこれは運命だ。


「こんなところでどうしたんだ?」


 後ろから近づいて、声をかける。


「……え? ど、どうして悪道が……?」


 ん? 悪道?

 待てよ……。そういえば今は二十三時。 ま、まさか!!


 あることに気付き、顔が青ざめる。


 変装するとき、俺はいつもとある薬を飲んでいる。それによって、姿や声を変えているのだが、その薬はおよそ十五時間程度しかもたないのだ。


***<忘れている方のためのメモ>***


 悪道善喜は、イリス様にバレないように善道悪津として、顔や声をイヴィルダークの謎技術により変えて学園生活を送っているのだ!!


***<メモ終わり>***


 だから、普段は毎朝薬を飲んで学校へ来ているためバレることは無いのだが、今日は修学旅行だ。

 いつの間にか薬の効果が切れてしまっていたらしい。


 いや、そんな冷静な分析は今はいらない!

 イリス様は明らかに俺を怪しんでいる。そりゃそうだ。イリス様からしたら悪道善喜という男が、こんな深夜に京都の旅館にいるなんておかしすぎる!


「き、奇遇ですねぇ。実は俺、連休貰ったので京都に旅行来たんですよー。いやー、まさかこんなところで会うなんて、これは運命感じちゃいますね!」


「そ、そうなのね」


 イリス様は一言返事を返したあと俯いた。


 出会うにしてもタイミングってものがある。他の人に見られる可能性もあるし、引きたくはないが、ここは一旦引くべきかもしれない。


「それじゃ、俺は自分の部屋に戻りますね」


 直ぐに自分の部屋に戻り、薬を飲んで善道として出直そう。


 そう思い、イリス様に背を向けた直後。


「じ、時間があれば、少しだけ話せないかしら?」


 振り向くと、そこには俺の裾を掴むイリス様の姿があった。


「あ、はい」


 イリス様の誘いを断れるはずもなく、返事を返し、そのまま俺はイリス様の横に腰かけた。


***


 時間が時間のせいか、見る限り、ロビーには俺とイリス様以外誰もいない。チクタクと時計の針の音がやけに大きく聞こえる。


 これは……どういう状況だ?

 イリス様に誘われてイリス様の隣に腰かけた。そこまではいい。

 問題はその後だ。

 さっきからイリス様は両手でミルクティーを握りしめて、何かを考え込んでいる。

 それを邪魔するのも何だか悪い気がして、俺も喋らずいるためその場に流れるのは時計の針の音だけ。


「あ、悪道はいつまで京都にいるのかしら?」


 不意にイリス様が顔を上げて、緊張した様子で俺に問いかけてくる。


「あ、えっと。いつまでですかね。多分、明後日まではいると思います」


「そう。明日と明後日はどこに行くのかしら?」


「そうですね。明日は清水寺とか、金閣寺とか行きますね。特に、清水寺は楽しみですね!」


 はっ! つい、明日の俺が本当に行く場所を答えてしまった!

 いや、別に問題ないか。


「わ、私も清水寺に行くわ」


「まじですか! いやー! 嬉しいな! 何時ごろに行くんですか?」


「私たちは昼過ぎだから、午後の二時くらいに行こうと思ってるわ」


 午後二時か。俺たちは昼前から昼過ぎの丁度二時頃まで清水寺を散策しようと話をしていた。これは、プランの変更を提案した方がいいな。

 

「悪道も行くのよね? 会えるといいわね」


 イリス様が柔らかな笑みを浮かべる。

 本来、これ以上ないほどに嬉しい言葉だ。だが、俺はあることに気付き、イリス様から顔を背けた。


「どうしたのよ。あなたも、行くのよね……?」


「すいません。俺は、明日イリス様に会えません」


 普段の俺からは考えられない言葉に、イリス様の表情が強張る。


 清水寺に行くとは行ったが、実際のところは明日の俺は善道だ。いくら会いたいと思っても、悪道としての姿で会うことは叶わない。


「ど、どうして……?」


「すいません」


「そう……。分かったわ」


 悲し気に視線を落とすイリス様。


 くっ……!

 こんな表情がさせたいわけじゃないのに! どうする? これはもう班行動は諦めてイリス様に出会うために全力を尽くすか?

 いや、班行動をしないのは不自然すぎるし、バレた時に同じ班の太郎たちにも迷惑がかかる。

 太郎たちにも迷惑をかけずに、イリス様とも出会えるようにするには……。

 いけ……ないこともない。いや、これなら何とかなる。


「午後の四時……。午後の四時からなら、短い時間ですが会えます。勿論、イリス様がよければですけど、どうですか?」


 俺の言葉を聞いたイリス様が顔を上げる。

 その表情には喜びの感情が写っているような気がした。


「え、ええ。会いましょう。待ち合わせ場所は、どこに?」


「清水の舞台にしましょう」


「分かったわ」


 イリス様の返事を聞いて、一安心する。断られていたらメンタルが崩壊していた。


「それじゃ、私はそろそろ部屋に戻るわね。また明日」


 イリス様はそう言うと、ソファから腰を上げてエレベーターに乗っていった。

 その後ろ姿を見送った後、俺は両手でガッツポーズをする。


 まさか、この京都でこんなビッグイベントが起きるとは思っていなかった。

 イリス様が猫もデザートもなしでデートしてくれるなんて……これはかなり好感度が高くなっている証拠だろ!

 清水寺付近には何かと色恋沙汰関連のものもあるし、これは明日でゴールインもあるぜ!

 とりあえず、明日の午後の四時までに薬の効果が切れるように、この後薬を飲むことを意識しないとな。


 ルンルン気分で階段を上がる。


「へえ……。明日の午後四時に清水の舞台ね……」


 浮かれていたからだろう。

 俺は陰から俺とイリス様の会話を隠れて聞いていた誰かに気付かなかった。

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