第46話 男だからこそ……

俺の目の前にはたくさんの男子たち。

 流石はイリス様たちと言うべきか。案の定、イリス様たちの身体を覗き見るために多くの男子生徒が集まっていた。


「善道、何故お前はそこに立つ? すぐそこにお前の大好きな白銀イリスの身体があるんだぞ?」


 江口の問いは男子高校生として至極当然な疑問だ。

 俺だって見たい。だが、それ以上に大事なことがある。


「……考えたんだ。俺がイリス様の入浴シーンを勝手に覗いたとしてイリス様はどう思うかって」


 男子生徒たちの数人が、俯く。こいつらにも自覚はあるんだ。


「間違いなく怒るだろう。それだけならいい。でも、きっと怒り以上に悲しいと思ったり、辛いと思ったりすると思った。誰だって、自分が一番大事だ。自分の欲望を貫き通したい。でもな、俺にとっての一番の幸せは、イリス様の幸せなんだよ。だから、俺はイリス様が悲しむ可能性がある覗きをする気にはなれないし、させる気もない」


 俺の愛刀・村正の切っ先を江口に向ける。


 目の前にいるこいつらの考えを否定する気はないし、こいつらに罪はないとさえ思っている。

 美しいイリス様のあられもない姿を見たいという感情は、人として当然なものだからだ。

 でも、俺のエゴが、魂が、こいつらがイリス様の入浴シーンを覗くことを許さない。だから、俺はここに立つ。


「……そうか。だが、この人数相手に勝てると思っているのか? だとしたらお前は相当なバカだ」


「勝てる勝てないじゃなくて、勝つんだよ」


 一瞬の静寂。


 ピチョン。


「かかれえええ!!」


 滴り落ちる水滴。それが、開戦の合図だった。


「「「うおおおお!!!」」」


 猛然と俺に襲い掛かってくる数十人の男たち。


 厳しい戦いになるが、やるしかない。これが俺が選んだ道なのだから。


泡の世界シャボン・ワールド!!」


「「「ぐああああ!!」」」


 突如、誰かの声が響いたかと思えば、俺に向かってきていた男たちが足を滑らせ次々に転倒し頭を打つ。


「君の覚悟、受け取ったよ善道。それでこそ僕のライバルに相応しい」


「お、お前は……罠の支配者トラップルーラー・罠民!!」


 湯煙の中から姿を現したのは両手に大量の石鹸を持った罠民だった。


「罠民、お前……」


「善道、感謝の言葉はいらないよ。全てはこの戦いが終わってからにしよう」


 俺に背を向け、石鹸を構える罠民。不用意に近づけば足を滑らせてしまう恐怖からか、男たちの足は止まっていた。


「……東大寺の件は水に流してやる」


「はは。風呂場だけにってかい? 君、面白いね」


 やっぱり、許すのやめようかな……。


「怯むな! エデンの園は近いんだ! 進めえええ!!」


「「「う、うおおおお!!」」」


 押し寄せる数の暴力。


泡の世界シャボン・ワールド!!」


 それを石鹸で次々に撃退する罠民。それでも、討ち漏れは何人かいる。


流星ながれぼし・群!」


 罠民の泡の世界を乗り越えて来たものたちを、『流星ながれぼし』から繋がる連撃で次々と倒していく。


「まだだ! 行けえええ!」


「「「うらあああ!」」」


 それでも一切の怯みもなく向かってくる変態たち。

 そいつらをひたすらに、罠民と俺で迎え撃つ。戦いは俺たちの優勢で進んでいた。

 だが、恐れていたことが遂に起きる。


「……ぐああああ!!」


「罠民!?」


 罠民の悲鳴が露天風呂に響く。

 罠民は男たちに押さえつけられていた。


 ば、バカな! 罠民が何故? ま、まさか!


 罠民が持っていた大量の石鹸は無くなっていた。


 た、弾切れ……。


「僕としたことが……敵の数を見誤るとはね。後は、任せたよ」


「罠民ー!!」


 儚げな笑みを浮かべ、罠民は大量の変態たちに飲み込まれていった。


「後は善道だけだ!! 押しきれ!」


「「「うおおおお! 行くぞおお!!」」」


 罠民を倒した勢いそのままに襲い掛かってくる大量の男子生徒たち。


 罠民……。お前の思い受け取ったぜ。

 

「行くぞ。流星・群!!」


「「「ぎょええええ!!」」」


 連撃、連撃、連撃。


 流れ星は宇宙の塵が放つ最後の輝き。

 この身が限界を迎えるその時まで、ひたすらに木刀を振るう。

 俺の勝利、イリス様たちの入浴シーンを覗かせないという願いを叶えるために。


「これで決める! 『流星ながれぼしつい』」


 一閃の光が男湯に駆け抜ける。そして、男たちが倒れこむ。それと同時に俺も膝をついた。

 限界だった。最後の力を振り絞り、何とかその場にいる江口以外の男子は倒した。


「……まさか、ここまでとはな」


 江口がポツリと呟く。だが、その声に絶望感は感じられない。


「見事だ。善道。敵ながら天晴だった。でも、この勝負は俺たちの勝ちだ」


 ガシャガシャと内湯の方から大きなものが運ばれる音がする。


 まさか……。まだいたのか……!?


「おや? やれやれ、どうやら善道は敵に回っていたようですね」


「遅いぞ金満」


「失礼。少々、脚立を入れるのに手間取ってしまいましたよ」


 三台の脚立と供に十人の男子生徒たちが露天風呂に足を踏み入れる。その中には、金満の姿もあった。


 くっ……。

 俺の身体は既にボロボロ。それでも、諦めるわけにはいかない!!


「……まだ立てるのか!?」


 木刀を杖代わりに立ち上がる。


「はあ……はあ……。当たり前だろ。俺はイリス様のことに関しては最強無敵、天下無双なんだからよ」


「かっこつけている割には膝は震えていますよ。そういえば、あなたにはくじ争奪戦の借りもありましたからねぇ。さあ、行け! 善道を潰すのです!」


 金満の指示と供に脚立を持っていた六人が俺に襲い掛かる。


 その六人を迎え撃つべく、木刀を構える。だが、俺にできたのはそこまでだった。


「ぐはっ!」


 六人の内の一人の蹴りを腹に受け。そのまま露天風呂の湯の中に飛ばされる。

 お湯の中に沈みゆく身体。


 くそ……! くそ……。イリス様、すいません。


 息苦しさと供に、意識が徐々に薄れていく。


「西小の柱がだらしないっしょ」


 三郎の声が耳に響いたかと思えば、俺の身体が湯の中から引き上げられる。


「ああ。本当だぜ。俺たちのライバルなら最後まで諦めんなよ」


「善道。君の思いも罠民の思いも受け取ったよ。本能に負け、獣と化していた自分が恥ずかしいよ」


 そこにいたのは太郎、次郎、三郎の三人組。


「なっ!? お前ら、この僕を裏切るつもりですか!」


「裏切る? それは違うっしょ。最初から、俺はタマタマたんだけの味方。それを思いだしただけっしょ」


 三郎の言葉に太郎と次郎も頷く。


「……恐れていたことが起きたか」


 悔しそうに江口が呟く。


「さあ、かかって来い。俺たちは――」

「タマタマたんの!」

「アカリンの!」

「カノッチの!」

「「「番犬! 東小の三頭獣ケルベロスだ!!!」」」


 太郎、次郎、三郎がそれぞれ木刀を構える。

 とてつもない気迫。だが、江口はその三人に一歩も引かない。


「ここまで来たんだ。今更、止まれないし、止まるつもりもない! 夢の果てを俺は掴みに行く!!」


 その言葉と供に飛び出す江口とその仲間。それを迎え撃つは東小の三頭獣ケルベロス


「「「うおおお!!」」」


 互いの思いがぶつかる、その瞬間。


「お前ら! 何やってる!!」


「「「え!? あ……!」」」


 突然現れる先生。そっちに気を取られ、走り出していた全員が足元の石鹸に足を滑らせ頭を打つ。


「あ、おい! 大丈夫か!? というか、この惨状は何なんだ!?」


 露天風呂のあちこちで全裸で倒れている男子生徒たちを見た先生は困惑していた。


 まあ、そうなるよな。でも、先生が来たということは一先ず目的は達成できたってことだ。

 あ、頭ふらふらする。そういや、もう限界だったんだ。


「先生。後は任せました」


 それだけ言い残して俺は湯の中に沈んでいった。

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