第54話 繋ぐ思い

 小隊の皆は? 

 ボルドはそう思って周囲を見渡したが、どこにも見当たらない。

 気づけば自分は城壁にもたれかかっていて、腹部には血が滲む包帯がきつく巻かれていた。


 ……この包帯は誰が……小隊の皆だろうか?

 ボルドは混乱する頭で、尚も皆の姿を探していた。


 ……いた! 


 ボルドは心の中で叫び声を上げる。間違いない。三連装砲がある塔に向かって果敢にも駆けていくあの後ろ姿。小柄で明るい茶色の頭は間違いなく志願兵のルーシャだった。近くにはタダイとジェロムの姿もある。


 待ってくれとボルドは思う。


 ……俺も一緒に……置いていかないでくれ!


 ボルドはそう思いながら懸命に立とうとする。だが、下半身に力がまるで入らない。必死で宙に片手を伸ばすと、そのまま前のめりとなって顔で地面を受け止める格好になった。ボルドの鼻腔を湿った土の匂いが満たしていく。


 ……ふざけるな! どうして立ち上がれない?  俺も行くんだ。 俺も最後までお前たちと一緒に。もう一人だけ残されるのは嫌なんだ……。


 ボルドは心の中でそう悪態を吐きながら上半身を起こした。そして、震え折れそうになる両足を叱咤しながら辛うじて立ち上がった。


 視界が霞む。


「……置いていかないでくれ」


 ボルドはそう呟いた。何故か涙が出てくる。そして、一歩、二歩とよろめきながらもボルドは進み始めた。


 ……ほら、大丈夫だろう? 涙で顔はべとべとだけど、こうして立ち上がれた。足は少しだけ震えているけど、まだ俺は歩けるんだ。前に進めるんだ。だから、俺も一緒に……置いていかないでくれ、皆……ルーシャ……。





 タダイを先頭にして、ルーシャとジェロムたちは三連装砲がある塔を一直線に目指して駆けていた。


 残してきたボルドは大丈夫だろうか。ルーシャの脳裏にはその思いが貼りついて離れていかなかった。


 タダイが言ったように皆で死ぬ必要などない。ルーシャもそう思う。皆で死ぬ必要はない。ならば、ボルドには生き残ってほしかった。


 でも、残されたボルドはまた悲しみ、苦しむのだろうか。自分だけがまた生き残ってしまったと苦しんでしまうのだろうか。でも、それでもいい。それでもボルドには生きていてほしいとルーシャは思う。


 先頭を走るタダイの左手から必死の形相で長剣を振り上げたイスダリア教国の兵が襲いかかってくる。タダイはそれを一刀の下で斬り伏せる。


 凄まじい混戦だった。雪崩れ込むガジール帝国側も、迎え撃とうとするイスダリア教国側も、全くと言っていい程に組織だった行動ができていなかった。


 ジェロムが左手から襲ってきた敵兵をその棍棒で吹き飛ばした時だった。三連装砲がある塔の下で大きな爆発が起こった。


 爆風に煽られながらルーシャは周囲に立ち昇る煙の中で目を凝らす。この爆発を起こしたのはルーシャと同じ志願兵だと考えていいのだろう。その考えを裏付けるように、塔の下にあったはずの大きな鉄製の扉が跡形もなく吹き飛んでいた。


 これで塔の中に侵入できる。あの中でもう一度爆発を起こせば、塔が崩れ去るのは間違いないように思えた。


「ジェロム、ルーシャ、このまま突っ込む。塔の内部に入ったら即座に発動してくれ」

「……はいっ!」


 いよいよだ。ルーシャは大きく頷いた。そうして頷くことに迷いはなかった。


「ジェロム、後は頼むぞ!」


 急に先頭を走っていたタダイがそう叫びながら背後にいるルーシャを庇うよう両手を広げた。


 ほぼ同時にいくつもの銃声が重なった。タダイの体が被弾した勢いで後方のルーシャに向かって飛んでくる。


「准尉!」


 ルーシャは叫びながら両手でそれを受け止めたものの、その勢いで受け止めたタダイごと大地に投げ出された。


「准尉、タダイ准尉!」


 そう叫びながら身を起こそうとするルーシャをジェロムが抱え上げた。


「軍曹、タダイ准尉が!」

「構うな! このまま突っ込む。お前は自分の役目を果たすんだ」


 ジェロムの言葉にルーシャは黙る他になかった。タダイだけではない。幾人もの人たちがこれまでに犠牲となったのだ。ルーシャたち志願兵が役目を果たすために。ならば、自分が今なすべきことは明白だった……。


 ルーシャを抱えたジェロムは咆哮を上げながら突進した。

 先程の爆発で扉が吹き飛んだ結果、塔はその壁にぽっかりと大きな穴が空いたようになっていた。ガジール帝国側の侵入を阻もうとその前に展開したイスダリア教国側の将兵は、殺到してくるガジール帝国の将兵を見て恐怖のためなのか、どの顔も大きく歪んでいた。


 恐怖で顔が歪んだ彼らを横手から襲う大きな黒い影があった。大きな黒い影は手にしていた大剣を無尽蔵に振り回して、イスダリア教国の将兵を蹴散らしていく。


 その黒い影はルーシャの見知った巨人族の顔だった。


「イェンス少尉……」

 

 まだ生きていて……。

 まだ戦っていて……。


 ルーシャは心の中で呟く。だが既にイェンスは満身創痍といってよい姿だった。イェンスは自らの血で濡れた顔をルーシャとジェロムに向けて叫んだ。吠えたといってもいいいかもしれない。


「塔の外は俺が死守する! ジェロム、中は任せるぞ。ルーシャ三等陸兵、後は頼む」


 思いがあった。そこには皆の思いがあるのだ。皆がその思いを繋いでここまで来た。


 国のため……。

 種族のため……。

 家族のため……。

 そして、仲間のため……だったかもしれない。あるいはそれら全てだったのかもしれない。


 それら全てのためにこの戦争を終わらせたい。終わらせなければいけない。

 その思いがここにはあるのだとルーシャは思う。


 そして、その思いを最後に受け取るのは私なんだ。

 今は私しかいないんだ!

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