第35話 残されるということ

 ルーシャはダリスタ基地の外れに来ると、両足を地面に投げ出して腰を下ろした。空を見上げてみると、そこは穏やかな青空で遠くに小さな雲が一つ見えるだけだった。


 この穏やかな青空を見ていると先日の激戦が嘘のようで、それが悪い夢だったような気がしてくるのが不思議だった。


 でも、セシリアはもういないのだ……。

 いつも当然のように横にいてくれたセシリアはもういない。その事実がルーシャの心の奥深くをまるで刃物のように突き刺しているかのようだった


 気をつけていないと自分の目尻に涙が滲んでしまうのをルーシャは感じていた。


 人の気配があることに気がついてルーシャは気配がする方に顔を向けた。


「……ハンナさん」


 エルフ種である衛生兵のハンナがそこで静かに立っていた。


「隣に座ってもいいかしら?」


 本音を言えば一人でいたかった気もするのだけれども、ハンナを特に拒否する理由もなくてルーシャは無言で頷いた。ハンナはその端正な顔に少しだけ微笑を浮かべるとルーシャの横に座った。


「塞ぎ込んでいるの?」


 ハンナに問われてルーシャは首を左右に振った。塞ぎ込んでいるつもりなどはなかったが、もしかすると周りからはそう見えるのかもしれないとルーシャは思った。自分の気分が落ち込んでいることは間違いないのだから。


「ルーシャに元気がないって、少尉が心配していたわよ。だから様子を見てきてくれって。自分で行けばいいのにね」


 ハンナはそう言って、ルーシャに片方の目をつぶってみせた。


「そんな、少尉にわざわざ来てもらうことじゃ……」


 慌ててそう言うルーシャを見て、ハンナがおかしそうに笑う。それを見てルーシャは俯いた。一瞬にして顔が上気するのを感じる。顔だけではなくて耳まで赤くなっていることが自分でも容易に想像できた。


「ごめんね。からかうつもりはなかったのよ」

「……はい」


 ルーシャは顔を伏せたままで頷く。


「……また沢山の人が死んだわね」


 その言葉にルーシャは顔を上げてハンナの横顔を見た。ハンナは青色の瞳を同じく青色の空に向けていた。


「……私、馬鹿だったんです。自分が死ぬ覚悟はこれまで沢山してきたのに、他の人が死んでしまうことを全然考えていなくて……」


 セシリアだけではない。ルイスもそうだしゴーダさん、マジェスさん、ホールデンさん……。


 もう既に幾人もの小隊にいた人たちが死んでしまった。


 昨日まで互いにふざけて笑いあっていたのに、次の日にはいなくなってしまう。そんな時の、自分が残されてしまった時の悲しみを全く想像していなかったのだとルーシャは思っていた。


「……そうね」


 ハンナは青空に顔を向けたままで呟くようにそう言った。


「この小隊だけではなくて、沢山の兵士が死んでしまったものね」


 ハンナの言葉にルーシャは頷いた。


「ハンナさん、ハンナさんは何でこの小隊に来たんですか?」


「ん? どうだったかな?」


 ハンナはそう言ってルーシャに青色の瞳を向けると少しだけ笑った。美しいとされているエルフ種とはいえ、本当に美しい人だなとルーシャは思う。


 小さな顔に白い肌。大きな青色の瞳と真っ直ぐで細く柔らかそうな金色の髪。まるで美の化身だとルーシャは思った。しかも、ここが戦場だというのにハンナのその美しさは少しも汚されていなかった。


「この小隊に来た人たちは皆、イスダリア教国に何かしらの恨みを抱いている人たちよ。自分が命を落としてでも、イスダリア教国に一矢を報いられればいいと考えている人たちね。ある意味、馬鹿げた考えで狂っているのだけれども」

「……ハンナさんもですか?」


 ルーシャに再びそう問われたハンナだったが、やはり小首を傾げてみせた。


「……さあ、どうだったかな」

「……少尉もそうなのでしょうか?」

「ん? やっぱりルーシャはボルド少尉が一番気になるのね」

「そういうことじゃなくて……」


 ルーシャは口篭りながら、もごもごとそんなことを言う。そんなルーシャにハンナは微笑んだ。

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