第32話 突撃

 最前線はボルドが思っていた以上に悲壮感で満ちていた。戦端が開かれる前にダリスタ基地奪還戦の肝だった特別遊撃小隊を失った司令部は力技を試みて重装歩兵を突出させた。その結果、その大半を失うという失態を犯していたのだった。


 馬鹿がと言いたくなる顛末だったが、下士官でしかないボルドにはそれを言う資格も権限もあるはずがなかった。


 司令部からの命令は第四特別遊撃小隊の志願兵を突出させて、攻略への突破口を開けという何とも都合のいい命令だった。


「少尉……」


 司令部からの命令を聞いた副官のタダイがボルドの横で一瞬絶句した後、再び口を開こうとする。


 「言うな、タダイ」


 ボルドは何か言おうとするタダイを制した。


「後方から長距離砲及び遠距離魔法の援護がある。それと同時に突撃を敢行する。幸いなことにイスダリア教国の連中に手持ちの重装歩兵はいないはずだ。であれば、何とか奴らの喉笛に食らいつける」

「援護の砲撃で奴らの長距離砲部隊や遠距離魔法部隊に打撃を与えられれば、それも可能かもしれません。ですが、与えられなかったら?」


 タダイのもっともな反論だった。ボルドには答えられる言葉がなかった。


「先に壊滅した重装歩兵と同じ結果になりますよ」

「突撃することは変わらない。志願兵をもってして突破口を開き再度、突撃を敢行。ダリスタ基地を奪取する」

「は? 無茶苦茶だ。それができたら英雄と呼ばれて勲章ものですよ」


 タダイの反応も当然だった。こんなものは作戦でも何でもないとボルドも思う。要は成功するかも分からないが、死んでこいということだ。


「そんな作戦にもならない作戦だけしか立案できないから、人族のあんな子供たちを戦場に引っ張り出すことになるんですよ!」


 タダイが吐き捨てるように言う。


「普通に考えれば、辿り着く前に全滅ですよ。彼らに何て言うんですか。成功するか分からないがが、とにかく死にに行くぞとでも?」

「言いたいことはわかる。文句もいくらでも聞いてやる。だがな、これは決定事項で命令だ」

「くそっ!」


 タダイが再び怒りを露わにする。


「彼らが可哀想ですよ。自爆させられるために集められて、でもその自爆する場所も与えられないままで死ぬかもしれないんですよ。それもこんな糞みたいな作戦で」

「ああ、分かっている。だから俺たちは必ずあいつらをその場に連れて行ってやるんだ」


 そう。自分たちはそのために集められたのだとボルドは思う。


 今、自分にできることはそれだけなのだ。片腕でどれだけ自分が突撃時の戦力になるのかは分からない。だが、その時の場所までは必ず彼らを連れて行く。

 ボルドはそう心の中で呟くのだった。





 長距離砲、遠距離魔法での攻撃と同時にガジール帝国による突撃が開始された。兵数はほぼ陸兵で構成された五千。味方の長距離砲、遠距離魔法による攻撃の効果も分からないままでの突撃戦法だった。


 ボルがド率いる第四特別遊撃小隊は全体のほぼ中心に位置して突撃を敢行していた。小隊の中にはジェロムを含めた二名の重装歩兵がいるため、小隊全体ではどうしても周りと比べると遅れがちとならざるを得ない。


 もう少し進めば敵兵が潜む各塹壕の射程内に入るはずだった。そこまで到達できれば敵からの長距離砲や遠距離魔法による攻撃はないと考えていいはずだ。

 もっとも、そうなれば今度は塹壕からの射撃に備える必要があるのだが。


「ジェロム、お前は最後尾にいる志願兵とハンナ、マークの前だ。流れ弾から守ってくれ。マジェス! お前は先頭だ」


 ボルドは小隊に配属されているもう一人の重装歩兵の名を叫んだ。


「タダイ! ダネルとホールデンを連れてマジェスの後に続け。このまま斬り込むぞ」


 ボルドはタダイを含む三人の抜刀兵に向かって叫んだ。イスダリア教国がダリスタ基地の周囲に展開している塹壕の一つにでもこのまま自軍が取りつくことができれば、また打つ手が出てくるとボルドは考えていた。


 第四特別遊撃小隊が一丸となって走る左前方で着弾があった。次いで左後方にも。突撃前の味方による長距離砲などでの攻撃だけでは、やはり敵全ての長距離砲を沈黙させることはできなかったようだった。


 だが、明らかに敵からの砲撃量は少なかった。突撃する五千の将兵の足を止めるほどの砲撃ではない。


 敵の塹壕に近づくに従って、塹壕からの銃撃が激しくなってきた。第四特別遊撃小隊の周囲にいるガジール帝国の将兵が次々と倒れていく。


 第四特別遊撃小隊は先頭の重装歩兵マジェスが持つ大楯によって辛うじて被害はない。


「このまま行くぞ。手前の塹壕に取りつけ!」


 塹壕から必死に小銃を撃つ数名のイスダリア教国兵士の顔に恐怖の色が浮かぶのが見えた。


「斬り込め!」


 ボルドは一声吠えると、自分も口に短銃を咥えて片手で長剣を握ると塹壕を目がけて宙を飛んだ。

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