第96話 第一回サキュバスバトル


「しくしく…………」


 涙を流しながら廊下を歩くマルク。


 着ている服はくしゃくしゃに乱れていて、足元がふらついている。


 あの後、マルクはどうにかクラリスの元から逃げ出すことができた。


 どこまでされたのかは不明だが、少なくとも純潔は守られている。


「もういやです……こんなのあんまりです……っ!」

 

 マルクは、優しい姉の顔を思い浮かべる。今やほぼ全員が敵となったマルクにとって、心の支えは故郷で待っている姉だけだ。


「でも、こんなところで死ぬわけにはいきません! 何としてでも生き延びないと……!」


 別に捕まったところで殺されるわけではないが、そんな覚悟を決めるマルク。


 ――ギシッ、ギシッ。


 次の瞬間、通路の奥で床の軋む音がした。


おそらく、何者かがこちらへ向かっているのだ。


 マルクは咄嗟に、近くに置いてあった木箱の中へ身を隠す。


「あっ……あっ……!」


 足音と混ざって、何かのうめき声のようなものが聞こえてきた。


「ほうらマルク様。早く出てこないと、ライム様の身体がもちませんわよ」

「だめぇ……もうやめてぇ……っ」


 ――一体、どんな恐ろしいことをされているのだろうか。


 マルクは木箱の中で息をひそめて、ガタガタと震える。


「はぁ……はぁ……何なのよあいつ……っ!」


 その時、反対側からフェナの声が聞こえてきた。


 不運にも、木箱の周辺に人が集まっているらしい。


「その声は……フェナですわね?」

「デネボラ様!」


 フェナは、デネボラと合流したようである。


「マルク様を見かけなかったかしら?」

「みっ、見ていないわっ!」

「そう……じゃあもっとこの子と遊ぶしかないですわね……」

「デネボラ様、その子にお仕置きしたの……? かわいそうに……」


 フェナの話を聞いていたマルクは、だんだんとライムのことが心配になる。


 助けるために飛び出そうか悩むマルク。


「あらあら、こんなところに居たのね。まだ途中なのだから、逃げちゃダメよ?」


 すると、今度はカーミラの声が聞こえてきた。


「……これからもっといっぱい気持ちよくしてあげるつもりだったのに」

「ひうぅっ! や、やめて、離してっ!」


また人が増えてしまったようである。


もはや、マルクは出るに出られなくなってしまった。


「おほほ……カーミラ様ですわね。フェナが随分とお世話になったようで……!」

「あなたこそ、ライムのこと随分と可愛がってくれたみたいね」


 不穏な空気が、木箱の中まで伝わってくる。


「――あなたもそうなんでしょう? 同族の匂いは一発でわかるわ」

「おかしいですわね。遠い昔に、貴女がたのような品のない生き方は捨てたはずでしたのに」

「本能には逆らえないということよ。理由は分からないけれど、何かがアタシ達を目覚めさせた」

「だから、こんなにも気持ちが昂るのですわね!」


 意味深なやり取りをするデネボラとカーミラ。


「出会ってしまったのなら、やることは一つよ」

「わかっていますことよ。――あちらへ行きましょう、この子達をたくさん気持ちよくしてあげた方が、マルクさんをおち●ち●もろとも手にするということでよろしいですわね」

「……望むところよ。――第一回、もみほぐしサキュバスマッサージバトル開幕ね」


 ――なんなんですかそれ?!


 マルクは心の中で思わずつっこみを入れてしまったのだった。


「そ、そんな……! 私、これ以上あんなことされたら……っ!」

「ライムちゃん、じょうはつしちゃうぅ……!」


 ライムとフェナは、そのままどこかへ連れていかれた。


 どうやらこの場から立ち去ってくれるようだ。マルクは安堵する。


 音を立てないように、こっそりと箱の外へ出るマルク。


 周囲の様子を確認して、人のいない部屋へ身を隠そうとしたその時。


「マルク様」


 いつの間にか背後にはメイド長が立っていた。


「あ、アンドレアさん……!」


 マルクは、アンドレアのことを警戒し身構える。


 しかし、アンドレアが何かしてくる様子はない。


「――皆様をもとに戻すため、ご協力していただきたいことがあります」

「…………?」


 かくして、反撃のときが訪れるのだった。

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