第74話 胸で窒息

「うぐっ……あがぁっ……!」


 見るも無残な姿になって、カサンドラの家の床に転がされるエルネスト。もはや、そこに勇者としての威厳は一切存在していなかった。


「これで少しは反省したかしら?」

「まだまだ足りないんじゃないかな。コイツはちょっとやそっとで反省するような奴じゃないよ!」

「それでは、もう一度回復魔法をかけた後、裁きを下さねばなりませんね」


 カーミラ達は、エルネストを足蹴にしながら物騒な会話を繰り広げる。


「クソっ! なぜ魔王の力を与えられたこの俺がぁッ!」

「あなた、さっきからそればっかりね。魔王って何のことかしら?」

「……貴様らなぞに……教えるか……!」

「そう……」


 カーミラは、小さくため息を吐く。


「……リタ」

「あいあいさー!」


 名前を呼ばれたリタは、愉しげな様子でエルネストにむごい攻撃を加えた。


「ぎゃああああああああああああああああっ!」


 辺りに響き渡るエルネストの絶叫。


 カーミラ、クラリス、リタの三人は、もはや悪魔と化していた。この場に衛兵を連れてくれば、まず間違いなくエルネストより先にこの三人を連行していくだろう。


「あの……何が起きているのか分かりませんが、そのくらいで勘弁してあげた方が……」

「ライムちゃんはもっとやった方がいいと思う。見えないけど」

「ふ、二人とも絶対に見ちゃダメっ!」


 マルクとライムは、カサンドラの手によって目隠しされているので、いまいち状況を把握できていない。


「……マルク、近すぎ。もっとあっち行って」


 その時、ライムがそう言いながら、顔に当たっていたカサンドラの右胸を押した。


「ひゃっ!?」


 突然胸を触られ、小さな悲鳴を上げるカサンドラ。


「ライムの方こそ……さっきから近すぎです。もうちょっとずれてください」


 それに負けじと、マルクもカサンドラの左胸を押しのけようとする。


「ひゃうぅっ!? ちょ、ちょっと、二人ともっ!」


 突然のことにカサンドラは動揺するが、ちょうど今、拷問が盛り上がっているので、二人の目隠しを止めるわけにはいかない。


 諦めて全てを受け入れるしかなかった。


「ライムちゃんが大好きなのはわかるけど……近すぎっ……!」

「おかしな言いがかりは……やめてくださいっ……!」


 動けないまま、何度も両側から胸を触られるカサンドラ。


「だ、だめっ! そ、そんなにしたら……っ! あんっ……!」


 ――このままでは、何かに目覚めてしまう。


 理性が限界を迎え、そしてとうとう。


「いい加減に……しなさいっ!」

「むぅっ!?」

「わわっ!」


 カサンドラは、二人を無理やり自分の胸に埋めて動きを封じることにしたのだった。


「ふぅ……。ま、まったく、それは私の胸だよっ! 大きくてごめんね!」


 ほっと一息ついた後、やや怒りの混じった口調で二人にそう告げるカサンドラ。


「むー! むむー!」

「むぐ……むぐぐっ……!」


 マルクとライムは、しばらくその胸の中でじたばたしていたが、やがて脱力して完全に動かなくなる。


 手足は力なくぶら下がり、体の全体重をカサンドラに預けている形だ。


「それにしても……君たち軽いなぁ。二人合わせてやっと私の体重と同じくらい……? って、そんなことないもん!」


 一人で勝手にはしゃぐカサンドラ。


 二人が窒息して気絶していることに気づいたのは、しばらく経ってからだった。


 *


「なぜ……この俺が……こんな目に…………ッ!」


 散々痛めつけられていたエルネストだったが、やがて隙を見てその場から逃げ出す。


「ちょっと、待ちなさい!」


 カーミラ達を振り切って家を飛び出し、一時撤退して作戦を立て直そうとした、その時だった。


「――もういい。お主は用済みじゃ。その体、もらい受けるぞ」


 エルネストの脳内に、そんな魔王の声が響いてくる。


「なん…………だと……?」

「儀式を済ませた時点で、お主の身体はいつでも乗っ取れるようになっていたのじゃよ」

「この俺を……だましたのか……!」

「そんなことはない。お主の身体で世界を手中に収めれば、実質世界の半分が手に入ったようなものじゃろ」

「ふざけるな……! そんな滅茶苦茶な話があるか……ぐあああああああああああああああああああああああああッ!」


 


 

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