第62話 情報収集


 ほうほうのていで温泉から脱出したマルクは、一度部屋へ戻り、服に着替えた。


「うぅ……せっかく温泉に入ったのに心がぜんぜん安らぎませんでした……」


 胸のあたりを押さえながら、ため息交じりにそう呟くマルク。


「さっぱりした!」

「わあっ!?」


 その時、突然部屋の扉が開き、髪を濡らしたライムが中へ入ってきた。


「あ、あれ……もう温泉からあがったんですか?」

「ライムちゃん、あついの苦手だから。マルクも最後まで一緒に入ってくれなかったし」

「ご、ごめんなさい……」

「はだか……見られちゃったし……」

「それは――僕のせいじゃありません」


 マルクはきっぱりとそう言い放ち、続ける。


「元気を出してください。間違いは誰にだってあります。気にすることないですよ!」

「そんなこと言われたら……ライムちゃんだけ気にしてばかみたいじゃん……」


 不満そうに口をとがらせるライム。


「とにかく、僕はもう行きますね」

「……そういえば、出かけるってどこに行くの?」


 ライムの問いかけに対し、マルクは胸をぽんと叩きながら答えた。


「どこって……決まってます。お姉ちゃんを治すためのお薬を買いに行くんです!」

「なるほど」

「ここまで……すっごく大変でした。でも、やっとこの国に来た目的を果たすことができそうです!」

「お薬、どこで買うの?」

「そ、それは……」


 マルクは言葉につまる。


「――もしかして知らないの?」

「だ、だって、まさかこんなに早くお金が集まると思ってなかったんです……! <女神の秘薬>を作れる人がこの町にいるって情報を知ってるだけで……まだ詳しいことはわかりません……」

「すごく行き当たりばったり」

「うぅ……で、でも、オークションとかで買おうとするよりも、作れる人に会いに行った方が確実そうですし……」


 会える自信がなくなって来たのか、言い淀むマルクを見てライムが言った。


「――じゃあ、ライムちゃんもついて行く」

「え……? カーミラさん達と町の観光に行かなくていいんですか?」

 

 突然のことに、マルクは困惑する。


「だいじょうぶ。ライムちゃんはマルク担当だから!」

「い、意味が分かりません……」

「とにかくもう行こ? 早く見つけないと、逃げられちゃうかも!」

「そんなことはないと思いますけど……」

「早く早く!」


 マルクは半ば強引に手を引かれ、部屋の外へ連れ出される。


「――おう、ライムちゃんじゃねえか! どこに行くんだ?」

「お薬作る人を捕まえに行く!」

「会いに行くだけです……というか、い、いつの間に宿屋の人と仲良くなってたんですね……?」


 部屋を出たところで、親し気に話しかけてくる強面こわもての男と遭遇し、マルクは身構えながら問いかけた。


「この人は冒険者だよ。ライムちゃん達と同じ!」

「……なるほどな。つまり、ライムちゃんと一緒に居るそっちの少年が噂の<神童>マルクちゃんってわけか。お初にお目にかかるぜ!」

「ま、マルクちゃん……!?」


 男からそう呼ばれ、マルクは頭が真っ白になる。


「おうよ! よろしくなマルクちゃん!」

「よ、よろしくお願いします……」


 ゴルドムのことが少しだけトラウマになっているマルクは、がちがちに固まりながら言った。


「……で、この町に居る薬師に会いに行くんだったか? でも、やつが住んでるのはこの先の山ん中って話だぜ? 歩いて行けるのかよライムちゃん?」

「よゆう。舐めないで」

「そ、そうか。それは悪かったな」

「でも、場所がよくわからない。知ってたら教えて欲しい」

「どこにいるのか分からねえ奴に会いに行こうとしてたのか……?」


 ライムのあまりの無謀さに、男はやや困惑している様子だ。


「そうだよ。だから教えて」

「……えっと、僕からもお願いします。どうしても会いたいんです!」

「そ、そうは言われてもな……俺もよく知らねえんだ。でも、この町の人間なら知ってるんじゃねえか?」


 二人に詰め寄られ、後ずさりながらそう答える男。


「わかったそうする、ありがとう。――行こ、マルク」

「あ、ありがとうございました……!」

「おう、気を付けていけよ!」


 男は、走り去っていく二人の背中にそう呼びかけるのだった。



 <女神の秘薬>を作ることができる人間――薬師についての情報は、町の人間に聞いたら、男の言う通りすんなりと集まった。


 その薬師はどうやら、この町の背後にそびえる大きな火山の奥地でひっそりと暮らしているらしい。


 こうして、情報を手にしたマルクとライムは、道に沿って山を登り始めたのだった。


「あの男の人、普通に良い人でした……人を見かけで判断するのは良くないですね。僕、反省します……」


 親切にしてくれた強面こわもての男のことを思い出し、そう呟くマルク。


「あづいぃ~…………」


 それに対し、ライムは山に登り始めてすぐに、ばてていた。


 山道は至る所から煙が立ち込めていてかなり暑いので、ライムにとっては厳しい環境なのだろう。


「大丈夫ですか……?」

「もうだめ、とけちゃうぅ~…………」

「し、しっかりしてくださいっ!」


 結局、歩けなくなってしまったライムは、マルクに背負われることになるのだった。


「まだ……なの……?」

「たった今登り始めたばかりですよ……? さっきの余裕はどこにいっちゃったんですか……」

「こんなに暑いって……思ってなかった……」

 

 ライムが火山の熱気に負け、絶体絶命の状況に陥ったその時。


「――あ、あれ? ど、どうして子どもだけでこんなところに……!?」


 近くから、何者かの声が聞こえてきた。

 


 

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