第31話 さらわれた子供たち

「おきて……おきてマルク……」


 ゆさゆさと体を揺さぶられるマルク。


「う……ん……?」


 何度も大きく揺らされてたまらず目を覚ますと、そこは薄暗い牢屋の中だった。目の前には、心配そうな顔をしたライムが居る。


「ここは……?」

「わからない。気付いたらここにいた」


 マルクはここにくる直前までの記憶を探り、そして納得した。


「なるほど……転移魔法でここへ飛ばされてきたってことですか……」


 マルクはゆっくりと起き上がり、周囲を見回す。


 部屋の壁にそって、マルクが入っている場所と似たような牢屋がいくつもあり、至る所から子供のすすり泣くような声が聞こえてきた。


「うるっせえぞガキども!」


 次の瞬間、男の怒声が響き周囲がぴたりと静まり返る。


 どうやら、目つきの悪い男がこの場所を見張っているらしい。


 男は黒い服を着ていて、まるで盗賊のような恰好をしている。


「人さらい……ですか……」


 マルクは男に聞こえないような小さな声でそう呟いた。


 この町では最近、よくそういったことが行われていると、話には聞いている。


 おそらく、町の各地にマルクたちが踏んだものと似たような魔方陣が仕掛けられていて、引っかかった子供がここへ転送されてくるのだろう。


 子供しかいないのは、あのサイズの魔方陣では大人を飛ばすほどの魔力を込めることが出来ないからだ。


 どうやら、この町の人さらいはそれを利用しててさらう人間を選別しているらしい。


「マルク……」

「とりあえず大人しくしていましょう。ライムもいっしょに、ここから出る方法を考えてください。……あの男にバレないように」


 マルクは男の背中を指さしながら、小声でライムにそう説明する。


「うん、わかった」


 ――路地裏に仕掛けられた、簡易的な魔法陣。そして、それを踏むことで発動する転移魔法。それなりに手の込んだ魔法だが、目の前の男にそんな巧妙なことができるとはとても思えないので、おそらく他にも協力者がいるのだろう。


 マルクは、そんなことを考えながら、牢屋の入口付近をこっそり調べ始める。


「うーん…………」


 案の定、入口には厳重に鍵がかけられていて、外へ出ることはできなさそうだ。


 マルクが、いっそのこと魔法で全部吹き飛ばそうかと思ったその時だった。


「ライムちゃんにまかせて」


 不意にライムがマルクの肩をぽんと叩き、牢屋の扉の前まで歩み出る。


「…………?」


 不思議そうにその様子を見守るマルク。


 すると突然、ライムは手をぐねぐねさせながら鉄格子の隙間を通り抜け、指先を外側にある鍵穴の中へ押し込んだ。


「――――!?」


 あまりにも急な出来事に驚くマルク。しかし、ライムはそのまま特に気に留める様子もなく、指先をかちゃかちゃと動かし続ける。


 そして、少し経ってから、がちゃりという音がした。


「……はずれた」


 ライムがそう告げた後に、ゆっくりと開き始める扉。


「そんなのって……ありですか……?」


 思わずそう呟くマルク。


「おい貴様ら! 何してやがる!」

「……ばれた」


 しかし見張りの男は、すぐにマルク達が牢屋の扉を開けたことに気付いた。


 男は恐ろしい顔をしながら、どすどすとマルク達の方へ近づいてくる。


 ――もはや、戦うしかない。


「ファイアーボールッ!」


 マルクは、男へ向かって無遠慮に魔法をぶっ放した。


「ぐわあああああああああああ!?」


 魔法は見事に着弾し、男を気絶させる。


「やりすぎちゃったかもしれません……」

「せんてひっしょー!」

「し、死んでませんよね……?」


 マルクはそう呟きながら牢屋の外へ出て、恐る恐る倒れている男の近くまで歩み寄った。


 幸い、息はしている。


「良かったです………………あれ、これは……!」


 よく見ると、男は腰に牢屋の鍵をつけていた。


「……ライム」


 マルクは、男から鍵を奪った後、ライムの名前を呼ぶ。


「どうしたの?」

「……この男を、僕たちが居た牢屋の中へ運び込みます。手伝ってもらえますか?」

「いいよ」


 マルクが男の右手を、そしてライムが左手を持ち、二人で協力してずるずると引きずり始める。


 男はかなり重かったが、なんとか牢屋の中へ入れることが出来た。


「……それで、どうするの?」

「こうします」


 ライムの問いかけに対し、マルクは牢屋の扉をしめて外側から鍵をかける。


「さてと、これで邪魔者はいなくなりしたね」

「おー」


 ほっと一息をつくマルク。こうして、男は牢屋の中へ閉じ込められたのだった。


「お兄ちゃんたち……わるいひとやっつけたの?」


 その時、近くの牢屋からそんな声が聞こえてくる。


 どうやら、同じように捕まっていた少女がマルク達の行動に気づいたらしい。


「はい。これでもう安心ですよ!」

「助かったぜ!」「お兄ちゃんたちかっこいい!」「お姉ちゃんもすてき!」


 マルクの返事を聞いて、捕まっていた子供たちが歓声をあげる。


「えへへ……」「ライムちゃん、ほめられた……!」


 浴びせられる賞賛に、マルクとライムは口元をほころばせた。


「でも……まだ他にも残っているかもしれません。僕たちは外へ出て助けを呼んできますから、皆さんはここで待っていてください」


 捕まっている他の子どもたちへ向けて、そう呼びかけるマルク。


「無事でいてね!」「わるいひとみんなやっつけちゃって!」


 盛り上がる子供たち。


「……それじゃあ、皆さんのためにも早く先へ進みましょうか」

「うん、わかった」

「それじゃあ、僕たちは行きますので、みんなはもう少しだけ我慢していてくださいね」

「がんばれー!」「絶対に戻ってきてね!」


 こうしてマルクとライムは、捕まっている大勢の子供たちに応援されながら部屋を後にして、人さらいのアジトを探索し始めたのだった。




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