第30話 お話し合い

「遠くに行ってなくて良かったです……」


 マルクはほっと胸をなでおろし、ライムの側まで近づいてきた。


「顔をあげてください。僕……ライムの気持ちも考えないで、スライムのままだったら持ち運べるとか言っちゃって、すごく無神経でした。……最低ですよね」


 そう言って、マルクは深々と頭を下げる。


「ごめんなさい、ライム」

「マルク……」

「――となり、座ってもいいですか?」


 マルクの問いかけに対し、ライムは黙ってうなずいた。


「ありがとうございます。それじゃあ失礼しますね。……よいしょっと」


 それを見て、マルクはやや古くさい掛け声を発しながら、ライムの隣へ座り込んだ。 


「それで、お話なんですけど」

「うん」

「やっぱり……宿屋で待っているのは嫌ですか?」

「……うん」

「気持ちは……すごくわかるんです。ただ待っているだけだと、すごくもどかしくて、心配ばかりが大きくなっていきますから……」


 マルクは、いつも自分に留守を頼んで仕事へ出かけていった姉のことを思い出しながら言った。


「どうしてわかるの……? マルクはライムちゃんじゃないのに」

「僕も小さい頃はよく、危ない仕事に出かけていくお姉ちゃんの帰りを待っていましたから」

「マルクの……お姉ちゃん……」

「はい。お姉ちゃんはすごく強くて優しいんです。今は……病気でほとんど寝たきりですけど……」


 マルクは少しだけ暗い気持ちになったが、今はライムの前であることを思い出し、慌てて表情を取り繕った。


「お姉ちゃん……ぐあいわるいの……?」

「はい、とても……。だから、僕はお姉ちゃんの病気を治す薬を買うために、たくさんお金を稼がなくちゃいけないんです」

「そう、だったんだ……」


 ライムは、小さく息を吸い込んだ後に続ける。


「……お姉ちゃんも……きっとマルクのこと心配してまってる。やっぱり、ライムちゃんもマルクが早くお姉ちゃんのところに帰れるように、協力したい」

「そう来ましたか……」

「でも、むりにつれて行かなくてもいいよ。わがまま言ってマルクを困らせるのも……ライムちゃんはいやだから。ダメなら、宿屋でおとなしくまってる」

「ライム……」

 

 そう言われて、マルクの心は揺らぐ。


「それじゃあ、もし今魔物に襲われたとしたら、ライムはどうするんですか?」

「みぎてでばらばらにする」


 右腕を鋭利な刃物のような形に変形させながらそう答えるライム。


「ひえ…………」


 思ったより生々しい答えに、マルクは思わず小さな悲鳴を上げた。


「そ、そんなことができたんですね」

「うん。ぜんぶは変えられないけど、少しだけなら今でもできる」


 ――可愛らしい少女の姿をしていても、やっぱり魔物なんだな。スライムの時もすごく可愛かったけど。


 マルクは、心の中でそんなことを思った。


「あんまり見られるとはずかしい……!」


 ライムは、右手を元に戻してもじもじしながら言う。自分の裸を見られた時より恥ずかしそうだった。


「えっと……すみません」


 マルクは少しだけ視線をそらした後、続ける。


「それじゃあ……受けられたのが比較的安全そうな依頼だったら、一緒についてきてもいいですよ」

「ほんと!? ライムちゃんうれしい!」


 そう言って、にっこりと笑うライム。


「マルクさーん! ライムさーん! どこにいらっしゃるのですかあー……?」


 その時、すぐ近くでクラリスが二人の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「……クラリスさん、僕たちのことを探してるみたいです。行きましょうか」


 マルクはそう言いながら立ち上がり、ライムに手を差し伸べる。


「――うん!」


 ライムは元気よく返事をして、マルクの手を取り立ち上がった。


「……あれ?」


 それと同時に、ライムの体の周りが光り始める。


「ライム…………?」

「な、なんで? ライムちゃん、光ってる……?!」

「――違いますっ! 足元ですっ!」

「え?」


 光を発していたのは、ライムの足元に小さく描かれていた魔法陣だ。


 どうやら、すでに何かの術式が発動し始めているらしい。


「これは…………!」


 ――転移魔法。


 マルクが発動した術式の正体に気づいた時には、すでに遅かった。

 

 二人の体は、一瞬のうちにどこかへ転移させられてしまったのである。

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