3-5
それからしばらくは交わす言葉もなく、二人並んで打ちあがっていく花火を眺めている。空に舞い上がる花は何十発にも及び、特別な一日の最後を盛大に彩っていた。
ふと、自分の視線を手元へと移す。
相変わらず触れ合っている手は、今までの繋がりの強さを現わすかのようにぎゅっと握られていて、どちらも離そうとはしていない。
その手を、ほんの少し緩めてコハルを呼ぶ。
「あのさ、コハル」
夜空に見惚れていた彼女は遅れて顔を向けて、何事なのかと様子を窺っている。
「私、県外の高校を受けることにしたんだ」
意を決して放った一言は周りの音を掻き消し、私の声だけがどこまでも響いていく。
突然の告白に、世界が止まったかのようにコハルはピタリと動かなくなり、楽しそうにしていた彼女の顔から微笑みが消えた。
「……どうして、急に?」
振り絞った声は小さく、戸惑いと困惑で目は泳ぎ始め、私の意志を信じきれない彼女はその言葉を消してほしいと顔で懇願している。
それでも、私は首を横に振って返していた。
「最初から決めていたんだ」
この道を選んだ理由は、至って単純だった。
自分の好きなことで生きていたい。
それは誰もが思い描くような理想で、そうであるが故に壁は高く周囲からの反応も冷たく、初めて夢を語った時は両親たちから反対され身の丈に合った場所を選んだ方が良いと言われてしまうほどだった。
知識も経験もまだまだ足りていなくて、それを今から追いかけていくのは難しいことでもあった。
それでも、一時の間だけ輝く生き物を撮るのが好きで、移ろいゆく野山の四季を収めるのが止められなくて、今以上の技術を身に着けて世界中を飛び回ってみたい。
そのためには、ここを離れなきゃいけないのも、覚悟の上だった——。
「…………あの時は、決まってないって言ったのに」
「ごめん。上手く言い出せなくて」
全てを打ち明けて、返ってきた気持ちに返す言葉はなく小さく項垂れる。
前々から伝えなければと解ってはいたけれど、彼女の顔を曇らせたくない気持ちにかられてしまい、結局後へ後へと先延ばしになっていた。
「……写真なら、今までみたいに独学でも十分通用するよ。皆ミノリの腕は知ってるし、どんどん出来ることだって増えてるよ。だから……だから……!」
必死に言葉を探し、目に涙を溜めてまで引き止めようとする親友にそっと首を振る。
「ありがとう。でも、それじゃ駄目なんだ」
誰よりも一緒にいて、色んなことを分かち合ってきたコハルにこんなことを言わないといけないのが辛くて、胸が痛む。
出来ることなら、私だって一緒にいたい。
卒業して高校に進学しても、大学に通い始めても、彼女とこんな生活をこれからも続けていたい。
でも、それと同じぐらい自分の夢に嘘はつけなくて、叶えるためにはもっと険しい道を進まなければいけない。
そのことに彼女を巻き込んでしまったら、絶対に後悔をしてしまう。
あの日出会ってからずっと大事にしたいコハルに、辛い想いなんてさせたくない。
これは、私一人で選んで進まなければいけない道のりでしかなかった。
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