3-4

 薄暗かった空も気づいた頃には星が輝き始めていて、普段は通りの少ない通学路が数メートル先でさえ見えなくなってしまうほどに近隣の人たちで埋め尽くされている。

 辺りが暗くなっていけば、その中で光を放つ提灯はほんのりとした灯火で幻想的な雰囲気をより強くしていた。


 けれど、その明かりはもうすぐ終わりの時間が近づいていることを示していた。


 ここに集まっている人のほとんどはこの後に打ち上がる花火が目当てで、この祭りが一番盛り上がるのと同時に儚く散って逝く瞬間を今かと待ちわびていた。

 

「本当にこっちでいいの?」

「大丈夫だって」

 

 そんな一瞬が迫っている中、私たちは本来の参道から外れた舗装されていない道を手探りで進んでいる。先を行くコハルはなぜか自信満々で動き、一抹の不安を抱く私の手を意気揚々と引いていた。

『よく見える場所があるから』と言われて最初はうきうきで付いてきたが、歩けばどんどん茂みの奥へと案内され、遂には星空すら木々の葉で覆い隠されてしまっていた。

 そこに、花火の打ち上げのアナウンスが入り周囲にいた人が一斉に動きだす小さな音が重なりあって大きくなり、空中へと響いていく。


 今頃向こうは、よく見えるスポットに移動しているんだろうな……。


 その恨めしさが余計に肌を敏感にさせてしまい、山道に流れるひんやりとした空気が不気味に肌にはりつき、ほとんど何も見えないのもあってもしかしたら心霊スポットに向かっているんじゃないかと疑いそうになる。

 そんなことはないと思ってはいるが、あいにく幽霊を撮る趣味は持ち合わせてはいないので、もしそうなら速く立ち去りたい気持ちで一杯だった。


「着いたよ、ミノリ」


 私の不安とは裏腹に、コハルは跳ね上がるような声で呼びかけてくる。

 恐招かれる方へ顔を近づけていくと、眼下には淡い光に包まれた会場が暗闇の中で照らされている光景が飛び込んできた。さっきまでいた場所なのに、視る角度を変えるだけで哀愁漂う景色に様変わりしていて、それが余計に目を強く惹きつけていた。

 そこへ間髪入れずに、空高く火の玉が昇り始め大きな音を鳴らす。見上げるほどの高さにまでなると、一度姿を消してから星空の中で大きく花を咲かせていた。視界いっぱいに綺麗に輝いたのを皮切りに、後を追うように次々と上がり様々な色の花を散らしていた。


「この前参道の掃除をしてたら、たまたまここへの抜け道を見つけたんだ。もしかしたらと思って来てみたんだけど、予感的中で良かったよ」


 ここへ来た理由を、打ち上がる花火を眺めながら目を細めてゆっくりと答えてくれる。

 よく見ればそこは休憩所になっていて、置かれている椅子や屋根は古びてはいるけれど内装自体にはまだ清潔さを保っていた。



 得意げに語る彼女の横顔は今までにないほどに綺麗で、けれど何故か儚さがって。

 空で輝き落ちていく残り火のように今にも消えてなくなりそうな雰囲気が何故か漂い、言い難い寂しさを胸からこみ上げさせていた。



「写真、撮らなくていいの?」


 これだけの絶景の中、何もしない私を気にかけて訊ねてくれるが、それでも鞄に仕舞われたカメラに手が伸びようとはしない。


「今は二人で眺めていたいから良いかな」

「……ありがとう」


 静かに答える私に彼女は優しく微笑んで、並んで花火が煌めく様を眺め続ける。



 本当なら、コハルを入れた一枚がようやく撮れそうな気はしていたけど、それはまたの機会にお預けということにしておく。

 今はこの瞬間を親友と過ごすことだけを考えていたかった。

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