2-4

 朝の関門を無事にくぐり抜けられて、ひとまずの安心感にほっと胸を撫で下ろす。そのままま校舎が近づいていき、下駄箱に着いた頃には外の暑さに運動部の熱気が混ざり始めていた。

 その気迫に当てられるだけでも、身体の水分が抜けて身体が乾いていく。それだけでも疲れに変わっていってしまうのだが、その暑さに負けないような声が私達の後ろから響いていた。


「二人とも、おはよ」


 並んで靴を履き替えているところに吉田さん——もとい圭がこちらに元気に手を振っている。テニス部に所属していることもあって、この時期の素肌は小麦色へこんがりと焼けていた。


「圭、おはよ。そっちは朝練?」

「総体近いからね。朝から気合入りまくりだよ」


 お互いに挨拶を交わしながら腕を高く掲げ、それに合わせてハイタッチの容量で彼女の手を叩く。その音は何かに遮られることはなく、入り口前で大きく反響させていた。

 入学式を迎えてから圭はテニス部へと入り、その頃から頭角を現し三年になった今では部長でエース級の活躍をしている。そのせいもあってか、大変だと肩を竦めてそうぼやいても背後から伝わるやる気に満ちたオーラは隠し切れてはいなかった。

 そんな彼女とも、二年生になってからはクラスが離れてしまい会う頻度は減ってしまってはいる。けれど、こうして会った時には近況を報告しあったり時々一緒に遊びに出かけたりと他の子たちと比べても仲良くしているほうだった。


「次の相手って強豪校なんだっけ? 頑張ってよ」

「もちろん。中学最後だから全力で勝ちにいくから、良ければ応援に来てよ」

「行く行く」


 次の対戦相手にやる気もみなぎっているようで、握り拳を掲げて既に勝利宣言をしている。その姿は目を惹くほどに力強く、プロの選手のような格好良さが溢れ出ていた。

 実際、試合中の圭は普段からは想像もできないほどに真剣な眼差しで挑み、動きはとても激しいのでどの角度から撮っても良い絵になっている。一年生の時にせっかくだから試合を撮ってと頼まれて以降、大会に参加する時は応援も兼ねてほとんど着いて行くのが恒例になっていた。

 そして、このことは私達の間だけで収まらず、新聞部の部員から何枚か提供してほしいと頼まれたり同じ部の後輩からもねだられるようになり、思わぬ方向で私の趣味が人を繋げていたりもしていた。

 

「コハルはどうする?」


 二人で盛り上がっている間、入るタイミングを見失い遠巻きでやり取りを眺めていたコハルに、圭がそう訊ねる。


「……私は、予定がなければ行こうかな」

「そっか。じゃあ楽しみにしてるね!」


 訊ねられて一瞬戸惑っていたみたいで、数テンポ遅れて言葉を返している。

 何だかぼんやりとしているからなのか、私と話している時よりも抑揚はなく何処か淡々とした口調になっていた。

 側から見れば冷たくあしらわれたかのような受け答えになってしまったが、圭は気にする様子もなく溌剌とした態度で受け止め、言いたいことだけを伝えると軽快な足取りで自身の教室へと戻っていってしまった。

 その背中を並んで見送り、後ろ姿が完全になくなるとコハルは聞こえないほど小さくして息を吐いていた。


「……やっぱり苦手?」

「そういう訳じゃないんだよ。ただ、距離感が掴めないというか、まだ接し方に迷うというか……」


 圭について率直に聞くとしどろもどろになりながら、最後の方は声が窄んで聞き取れないぐらいに小さくなっていく。

 本人の性格もあるのだけれど、私以外の人に対しては人見知りが災いしてあまり輪の中に入ったりはせず、何かと理由をつけて一定の距離を保っている。

 まともに話したことのある人と言ったら私くらいなので、クラスメイトからは私達は常に一緒という認識になっていた。



 それ自体は悪いことじゃないんだけど、あまり角が立つ様な態度をしていると後ろで色々言われてしまいそうで、皆が圭みたいにあっさりしている訳じゃないのだ。



「それより、そろそろ教室行かないと遅れちゃうよ」


 そのことを言おうとして、思考を遮るように声をかけられ指差す掛け時計を凝視すれば、予鈴の鳴る時間が迫っていた。


「ほんとだ。急ごう!」


 遅刻を免れるために、コハルの手を取って廊下を走る。

 解けていないか確認のために足を止めずに振り返ると、コハルは嬉しそうにしていた。

 その余裕が一体どこから来るのか疑問ではあったが、そのことは後に回して三年生の教室までの階段を駆け上がっていった。


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