セイレーン

「今日はこのあたりで休みましょう。」

「は、はい……。ふぅ……。」

 夜の帳が降りた頃。

 馬に乗りつかれた清華は、大きなため息をつく。

一度魔物が現れたから降りたものの、それ以外はずっと馬に乗っていたのだ。

 慣れていない所か、乗馬が初めての清華には酷だっただろう。

「今日はここでキャンプを張りましょう、貴女は休みなさい。」

「ありがとう、ございます……。」

 へとへとの清華、リリエルの言葉に反発する元気もなく、その言葉を受け入れる。

 リリエル自体を忌避していても、その魅力的な提案には抗えないといった風だ。

 馬の背の荷物から藁の枕と敷物を取り出すと、寝転がる。

 そして、すぐに寝入ってしまう。

それほどに疲れていたのだろう、すぐに寝息を立て始める清華。

「……。」

 やはり無警戒過ぎる、幼すぎる。

リリエルはそんな清華を見て考える。

 こんないつ魔物が出てくるかわからない、盗賊やら何やらが出てくるかもわからないような場所で、疲れているからと簡単に寝てしまう。

 リリエルにとっては、それはありえないことだ。

常に戦場で生きてきたリリエルにとって、清華は無防備過ぎる。

「まぁ、関係ないわ。」

 しかし、この世界限りでの関係なのだから、とリリエルはその考えを捨てた。

 どうせこの戦争が終わったら終わる関係なのだから、と。


「清華さん、清華さん。」

「貴女は、青龍さん……?」

「えぇ、貴女に魔法の力を授けるべく参りました。」

 寝ていたはずが、ぱっちりと目が覚める感覚に違和感を覚える清華。

 しかし、目覚めた場所はなにかふわふわとした蒼い空間で、寝る前にいた場所ではなかった。

これは夢なのか?と疑問に思っていると、目の前に青い光が零れる。

「魔法とは、御伽噺や小説で出てくる魔法、ですか?」

「えぇ、その魔法で合ってますよ。貴女にはそれを使う才覚がある、なのでそれを使うきっかけを差し上げます。」

 青い光は形を成し、昔見た御伽噺の龍のような形になり、言葉を発する。

 これが青龍か、と清華はなんとなく理解する。

と同時に、恐怖を感じてしまう。

 魔物と同じく、自分にとっては異形の存在なのだから。

「貴女が、青龍……?」

「そうですよ、清華さん。私はこのジパングの東の守り神と呼ばれている、青龍と申す者です。」

「青龍……。確かに、日本でも京都の東を司る神様だったと……。」

「はい、そちらでは日本という国の伝承に、私の名前は残っているでしょう。」

 青龍はその恐ろしいとも取れる厳つい見た目に反し、丁寧な言葉で話す。

 それが、清華の恐怖心を和らげてくれている。

「青龍さん、私……。」

「貴女はまだお若いのよ、清華さん。まだ未熟であっても、これから成長して行けば良いのですよ。」

「……。」

 心を読まれた気がした。

自分に何が出来るのか、と口にしようとしたからだ。

「貴女はこれから、神と戦わねばなりません。この世界を混沌に陥らせようとしている、マグナの神々と。」

「神様と……、私達が勝てる相手なのでしょうか……?」

「えぇ、私達四神はそれを信じております。1000年前の守護者の末裔である、貴女達ならば。」

「……。」

 わからない。

人間一人撃退出来なかった自分に、神と戦えというのだから。

 不安が拭えるはずなど、ない。

「今回は異界の守護神も協力してくれています、きっと大丈夫ですよ。」

「それは、ディンアストレフさんの事ですか……?」

「はい。彼はこの世界の守護神、デインと縁があるのだとか。そして私達四神の守護者以外にも、風眞蓮という少年もおります。彼はデイン神より力を授かっているとのことですわ。」

「世界の、守護神……。」

 聴きなれない単語が出てきた。

デインという世界の守護神がいて、どうやら自分達の仲間であるらしい、という認識を清華はした。

「彼は11歳という年齢で、過酷な運命を背負ってきました。その分、ディン神に可愛がってもらっている様ですよ。」

「風眞蓮という少年が、11歳の戦士なのですね?」

「はい、そうです。」

「成る程……。」

 少しずつだが、状況が見えてくる。

状況がまったくわからないよりも、少しでも情報がある方がいい。

「では、私はそろそろ。」

「行ってしまうのです?」

「私は貴女のすぐ傍にいます。だから安心なさって、戦ってください。」

「……、はい。」

「では、またまみえましょう。」

「……。」

 意識が遠のいていく。

まだ聞きたいことが沢山ある、と言いたかったが、それは叶わなかった。

 目の前が暗闇に閉ざされ、清華は意識を手放した。


「……、んぅ……。」

「あら、起きたのね。」

「お、おはようございます。」

 意識が戻ると、そこは眠りについた草むらだった。

目の前にはリリエルが居て、キャンプの炎を消していた。

 時間的には丁度陽が登った頃合いだろうか、朝日が清華を照らす。

「早く片づけて、出発するわよ。」

「は、はい。」

 清華は急いで敷物と枕を畳むと、馬の背中に乗せる。

「そういえば、青龍と名のる龍とお話をしたのですけれど……。」

「青龍神ね、それがどうかしたの?」

「貴女は、青龍さんとあった事はあるのですか?」

「ないわ。四神は思念体、守護者の前にしか姿を表さないらしいから。」

「そう、ですか……。」

 リリエルなら青龍についても何か知っているのではないか、と思ったが。

 しかし、それは見当違いのようだ。

「あぁでも、一つ聞いたことがあるわね。」

「なんでしょうか…?」

「四神は代替わりすると言う事よ、今の青龍は1000年前からいるけれど、白虎は500年前くらいに生まれたらしいわ。」

 神の代替わり?と清華は疑問に思うが、リリエルはそれ以上を語るつもりはないらしく、さっさと馬に乗ってしまう。

「さあ行きましょう、まだまだ目的地まで距離はあるのだから。」

 清華は急いで馬に乗り、二人の旅の続きは始まった。


 暫く馬を走らせていた二人の耳に、奇妙な音が聞こえてきた。

それは歌声のような、どこか悲し気なしかし、耳をくすぐる響きだった。

「魔物、ね。」

「この綺麗な声が、ですか?」

「えぇ、そういう魔物もいるのよ。」

 リリエルはそういうと馬を止め、降りる。

「少し先かしら、経験値稼ぎにいいんじゃないかしら?」

「倒しに、行くのですか?」

「じゃないと人が死ぬのよ?」

「……。」

 そう言われると行くしかない。

清華の性格上、そう言われて黙って放っては置けない。

 それをわかって、リリエルは言っているのだ。

「……、行きます。」

「そうね、それがいいわ。」

 リリエルとしては人命など正直どうでもいいが、清華の戦闘レベルを上げなければならない。

だから、魔物を倒しに行く必要がある。

「こっちね。」

「……はい。」

 それを理解されている気がする清華は、若干の苛立ちを覚える。

手玉に取られているような、そんな感覚がする。

 リリエルはさっさと馬から離れていき、清華はそれに従って歩き始めた。


「この上かしらね。」

 川沿いを歩き、滝にたどり着く二人。

「登っていきましょう。」

「ここを、ですか……?」

「それが一番早いもの。」

 そういいながら、軽い動作で崖を登り始めるリリエル。

「私!崖昇りなどしたことがないのですが……!」

「勾玉の力があるのだからいけるわ。」

 崖を登りながら、後ろを見るでもなく話すリリエル。

 清華は恐る恐る崖に掴まり、一段登ってみる。

ぐっと手足に力が入り、普段以上の力が出せる。

 登れる、そう確信する。

「いけそう、です!」

「そうね、それくらい出来てくれないと。」

 サクサクと登っていくリリエルと、拙い動きでそれを追う清華。

リリエルはさっさと頂上に着くと、清華を見守る。

 手を差し出すつもりはないらしく、ただ黙って見ていた。

「はぁ、はぁ。」

 途中で息を切らす清華。

いくら勾玉の力でブーストされているとはいえ、剣道着に雪駄で崖登りをしているのだ。

 それは疲れるだろう、当たり前のことだ。

「はぁ。」

 登り切って、ため息をつく清華。

たいぶ疲れたのだろう、息を切らし肩で呼吸をしている。

「これくらいで疲れてどうするの?この先敵がいるのよ?」

「そんなことを、言われましても……。」

 仕方がないだろう、と息を整えようとする清華。

初めて崖登りなんてしたのだ、疲れないわけがないだろうと。

「はぁ、こんな調子で大丈夫なのかしら。」

「……。」

 ため息をつかれ、ムッとする清華。

 すっと立ち上がると、奥へ向かって歩き出した。

「……。」

 それを見て、不敵な笑みを浮かべるリリエル。

 関わり始めて三日だが、だいぶ清華の扱い方がわかってきた、そんな感じだ。

 真面目ゆえに頑固、プライドも高い。

そう、リリエルには見えた。


「魔物は何処に……。」

 先に一人で進んでしまった清華は、漠然とした不安を感じていた。

 まだ魔物は一匹しか倒したことがない、しかも一人。

リリエルは後ろの方にいるのかと振り向くが、そういうわけでもない。

 未知の世界に一人、置き去りにされたような感覚に陥ってしまう。

「怖い……。」

 自然と呟いてしまう。

 昨日の魔物より強い魔物が出てきたら、どうすれば良いのだろうか。

自分は勝てるのだろうか、もしかしたら死んでしまうんじゃないだろうか。

 そんな、漠然とした不安の中に、清華は立たされる。

「―――!」

「な、何です!?」

 そんな時だった。

 先ほどリリエルが魔物だと言った声が聞こえた。

先ほどよりもだいぶ大きく聞こえる、近くにいるようだ。

「……。」

 鯉口を切り、刀を抜く。

何処から敵が現れても、いいようにと構える。

 が、手が震えてしまう。

一人でいる事による恐怖からなのか、清華は震えながら周囲を探索し始めた。


「……。」

 崖の上を川沿いに進んでいると、その声の主を見つける。

 それは先程の醜い半魚人と違い、まるで人魚のようだった。

 川の中の岩の上にいて、魚の様な下半身に、整った女体の人間の上半身。

とがった長い耳に、美しい顔。

「あれが、魔物……?」

 先程の半魚人とは程遠いその見た目に、清華はつい疑ってしまう。

あれが魔物なのか、この世界にいる人間の一種なのではないか?と。

「……。」

 つい、構えていた刀をおろしてしまう。

 その時だ。

「―――!」

 水面が揺れ、こぶし大の水礫が空気中に舞い上がる。

 そしてそれは、清華へ向けて弾丸の様な、目で追いきれない速度で飛来した。

「きゃあ!」

「だから言ったのよ、油断するなって。」

 しかし、それが清華に当たり貫通することはなかった。

間一髪の所で、リリエルが間に入りその水礫を蹴り上げた。

 ばしゃりと音を立て、水礫が霧散する。

「はぁ、本当にこんな調子で良いのかしら。」

「す、すみません……。」

 尻もちをつきながら、清華は反射で謝る。

その相手がリリエルだったとしても、誰だったとしてもそうしただろう。

間一髪の所で、助けられたのだから。

「魔物の姿と歌声に惑わされないで、魔物は魔物よ。」

 そういうとリリエルは後ろに下がる。

自分が戦うつもりはないらしく、構えもしていない。

「……。」

 立ち上がり、呼吸を整える。

 魔物の姿に惑わされてはいけない、確かにその通りだ。

見た目や歌声で魅了してきたとしても、たとえそれが人間に見えたとしても。

 それは敵意をこちらに向け、攻撃してきたのだ。

「……、行きます……!」

 ばしゃばしゃと水音を立てながら、清華は人魚の魔物「セイレーン」の方へと向かう。

 またあの水礫が飛んでくる前に、決着を着けたい。

清華は焦りを感じながら、セイレーンへと近づく。

「―――!」

 来る。

予測通り、水礫が空気中に浮かび上がってきた。

「これは……!」

 避けられない。

水に足を取られ、リリエルは加勢する気配もない。

 喰らったらひとたまりもないだろう、何せ清華では目に追えない速度の礫だ。

「っ……!」

 喰らってしまったら、恐らく自分は死ぬだろう。

 時間が遅くなる様な、スローになっていくような、そんな感覚に清華は陥る。

 これが死ぬと言う事か、と半ば諦めてしまった、その時。

「清華さん、今こそ私の力を使う時です。」

「青龍、さん……?」

「はい、貴女に授けた魔法の力、それを今使うのです。」

「魔法の、力……。はい……!」

 スローモーションで飛来する弾丸の様な礫を見つめながら、清華は声を聴いた。

 それは昨晩話をした青龍の声で、それを聴き清華は自然と体を動かす。

 左手を目の前に翳し、それを放つ。

「ヒュドール、マイナ!」

 水礫が清華にあたるその刹那。

目の前の水が盛り上がり、壁を作り出した。

 ばしゃりばしゃりと、音を立てて水礫が水の壁にぶつかる。

水壁を突き抜けそうな勢いだった水礫が、見事に水壁に阻まれたのだ。

「……。」

 それを見てリリエルは、中々やるじゃないと感心する。

自分なら軽々と避けられる攻撃だったが、しかし清華には出来ないだろう。

ダメージ覚悟で突撃でもするかと考えていたが、どうやら違うようだ、と。

「えぇい!胴っ!」

 セイレーンが次の魔法や手段を取る前に、清華は迅速な動きで距離を詰め、刀を胴に振りぬいた。

「―――!」

 セイレーンは悲痛な叫び声を上げ、そして霧散した。

「はぁ、はぁ。」

 呼吸が酷く乱れる。

その場に尻もちをつき、ばしゃりと川の水が跳ねる。

「やるじゃない、もっと出来ないと思ったわ。」

「わ、私だって、このくらい……。」

「出来てもらわないとこっちが困るのよ、まだ足りないくらいね。」

「……。」

 魔法を使った高揚感に浸るまでもなく、リリエルに水を差されムッとする清華。

「でもまあ、魔法が使えるだけいいんじゃないかしらね。人によっては使えないのだから。」

「本当、ですか……?」

「えぇ。特にこのジパングでは、魔法を使えるのはごく一部限られた人間だけらしいわね。」

 褒められた気がした。

清華は少しだけ嬉しそうな顔をすると立ち上がり、リリエルへと近づく。

「さ、行きましょ。道中はまだ長いんだから、こんなところでまごまごしてる暇はないわ。」

「は、はい!」

 リリエルは何とかなりそうだと考え、清華は不安ながら高揚感に包まれ。

 二人の旅は、再び始まった。

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