初めてのバトル
「んん……。」
朝の光と共に目が覚める。
陽が宿の窓から入り込み、俊平を照らす。
「夢、じゃねぇんだよな……。」
昨日の出来事が、夢であってほしいと願いながら体を起こすが、そこは昨晩眠りについた宿だった。
落胆、といえばいいのだろうか。
戦わなければならないという事実に、改めて衝撃と落胆を感じる。
なぜ自分なのか、なぜ鍛錬を積んでいる父親や姉ではなかったのか。
そう、考えてしまう。
「お、起きたか。」
「えっと、セレンさん。」
「そうだ、起きたばっかでわりぃけどよ、これ渡しとくぜ。」
「これは……、刀?」
「そうだ、おめぇが戦う為に誂えた刀だ、魔力籠めてあるからある程度の力でも使えるぜ。」
セレンは先に起きていたようで、俊平に向かい直刀を投げ渡す。
それは60cm程の短刀で、俊平が昔まだ鍛錬を積んでいた時に使っていた模造刀と、同じ程度の重さだった。
「戦うって言ったって、俺戦い方知らねぇ……。」
「それは俺がレクチャーしてやるから安心しろ、おめぇが戦えるようになるまで育てるのが俺の役目だからな。」
「……。」
覚悟など決まっていない、迷いだらけだ。
しかし戦わなければならない、と俊平は背中に直刀を背負う。
それは俊平の体のサイズに丁度合っているようで、背負うとしっくりくる。
「よし、じゃあ出るか。」
「お、おう。」
セレンはささっと持っていた荷物を背負うと、腰に脇差二本を差し部屋から出ていく。
俊平もそれに従い、部屋を出ていった。
「村長さん、馬とか借りられっか?」
「馬でございますか、承知致しました。」
昨日も訪ねた村長の家に向かい、馬を調達する2人。
村長は使いの者に馬を用意するように伝えると、何やら倉庫のようなところに向かい、すぐに戻ってきた。
「こちらをお持ち下され。」
「これは?」
「千年前の戦争で御使いが着けられていたという勾玉でございます、旅のお役になるかと。」
そういって渡してきたのは紅く光る首飾りだった。
それは中に五芒星が描かれており、セレンには特別な魔力が感じられた。
「お、サンキュ。俊平、着けてくといいぞ。」
「お、おう。」
「終わり次第出るからな、さっさと着けろ。」
セレンの言葉に従い、その場で勾玉を首からさげる俊平。
「村長さん、あと食料なんかももらっていいか?」
「その程度でしたらお幾らでも、他に必要なものはございますか?」
「いや、それだけでいい。」
「着けたけど……。」
「お、なかなかさまになってるじゃねぇか。」
俊平が勾玉を着けると、確かに力が湧いてくるのを感じる。
特別な物であると、魔術など一切知らない俊平がわかる程度には。
「これ、不思議だな……。力が湧いてくるみたいだ。」
「そりゃそうだろうよ、特別な魔力が練り込まれてるからな。」
「魔力?」
「魔法って言った方がはええか?」
魔力と聞いてはてなを浮かべる俊平だったが、魔法と聞いて納得する。
「魔法なのか……。」
「あぁ、魔法だ。」
そういってセレンは先にと外に出て行ってしまった。
「……、あのさ、村長さん。」
「何でございましょう?」
「俺に、出来んのかな……。」
「出来ると信じております、私らは聖獣の御使いを信じております。」
「そっか……。」
それだけ聞くと俊平は黙り、セレンの後を追い家を出ていった。
「ええ、信じておりますとも、たとえどんな困難でも立ち向かい、立ち上がってくださると。」
村長は一人、ぽつりと言葉を口にした。
「お、来たか。馬乗ったことあるか?」
「えっと、昔訓練で何回か。」
「そか、なら平気だな。」
外ではセレンが2頭の馬の前で待っていて、村人から食料を包んだ風呂敷を受け取っていた。
馬には鞍がつけられていて、さすがに裸馬に乗る必要はなさそうだ。
「さてと、行くか。」
「行くって、どこ行くんだよ?」
「この国の中央の屋敷だ。俺達は今南端にいるから、急がねぇと他の奴らより遅れちまうぞ?」
「そう、なんか。」
セレンが馬に乗ると、俊平もそれに倣い馬に乗る。
馬に乗ったのも何年ぶりだろうか、きちんと修行に参加したのは何年前だろうか。
そんなことを考えながら。
「よし、出発!」
セレンが馬に鞭打つと、馬は走り出した。
「うわっ!」
俊平は馬にしがみつくように掴まり、落ちないようにと必死になる。
かくして冒険の旅は始まった。
「うわぁぁ!」
「なんだ?」
「魔物だぁ!」
南の果ての村から3時間ほど進んだところで、叫び声が2人の耳に入ってきた。
その叫び声は大人の男のもので、馬の脚を緩めよく聞くとすぐ近くから聞こえてくる。
「よし俊平、俺達で戦うぞ。」
「え、えぇ!?」
「いつまでも新米じゃいらんねぇだろ?いい経験だ。」
そういうとセレンはさっさと馬を降り、叫び声の方へ向かう。
俊平は一瞬ためらったが、しかしそれ以外に選択肢はないのだろうと感じ、それに付き従った。
「た、助けてくれぇ!」
「ほいほい、助けに来たぞ。」
「あれが、魔物……?」
それは獣のような形をしていたが、俊平の知っている動物の形ではなかった。
それはまさしく、異形の存在というべき形をなし4足歩行をして居て、2体程自分たちと相対していた。
「ーーー!」
「……!」
殺される、いともたやすく。
その咆哮は、俊平の体を強張らせる。
「臆すんな、そしたら殺される。」
「そ、そんなこと言われたって……!」
「いいのか?こんなとこで殺されて。ダンサーになるのが夢なんだろ?ほら刀抜け、戦う準備しろ。」
そういわれてハッとなり、強張る体を無理やり動かし背中に背負った刀を抜く。
最近こそ修行していなかったものの、しかし昔はきちんと修行を積んでいた身だ。
体は自然とそれを思い出し、構える。
「そうだ、それでいい。絶対に背中を見せるな。」
「……。」
生唾を飲み込む。
刀で竹を斬ったことはあっても、生物を斬ったことなどない。
恐怖と緊張で、手が震える。
「震えるのはまあ仕方がねぇか、じゃあ俺が見本見せてやる。」
セレンは脇差を1本を抜くと正眼に構える。
そして一呼吸置くと、魔物に向け高速で接近した。
「ふん!」
そして一閃、真向に切り裂く。
「―――!」
魔物が奇声を上げ倒れる。
「一撃だ、雑魚は一撃で倒せ。」
「そ、そんなこと、言われても……。」
「いいからやってみろ、勾玉の力もあんだからなんとかなんだろ。」
そういってセレンは脇差を収める、もう戦う気はないようだ。
「一撃、で……。」
直刀を八相に構え、震えを抑える。
「……。」
唾を飲み込む。
深く呼吸をし、覚悟を決める。
竹を斬った時のことを思い出し、相手をそれになぞらえる。
「てやぁ!」
そして、一閃。
「―――!」
魔物の体を両断したその刃が、きらりと紅く煌めく。
「はぁ……。」
俊平はその場にどさっとへたりこみ、ため息をつく。
一瞬だった、一撃だった。
恐らく自分の力だけでは、成しえなかったであろうその攻撃、勾玉の力が俊平を強くしているのだろうと、そう考えられる。
「やった……!」
へたり込みながら、感動する俊平。
初めての実戦で勝利を納めたのだから、感動するだろう。
「おいおい、一匹倒したくらいで感動されちゃ困るぜ?」
やれやれといった感じのセレンだが、初戦にしては上出来だろうと考えた。
「だけど、まあ初戦にしちゃ上出来だ。」
「怖えけど、何とかやれそうだ……。」
立ち上がりながら俊平は笑う。
「これから先つえぇ敵がいくらでも出てくる、精進するこったな。」
「お、おう!」
初めての実戦で勝利を勝ち得た興奮が冷めないまま、2人はまた馬に乗る。
「所でおめぇ、修行さぼってたって割には筋はいいじゃねぇか。」
「いや、中学まではちゃんとやってたし……。」
「なるほどな、昔取った杵柄ってやつか。」
馬を走らせながら、セレンは興味深そうに俊平を見る。
ただのチャラ男にしてはキレのいい一撃だったな、と。
「昔は修行とかちゃんとしてたんだけどさ、どっからか外に出たいって思い始めたんだよ。」
「なるほど、それで反抗期突入ってわけか。」
「反抗期じゃねぇし……。」
馬を走らせながら、俊平はどこか遠い所を見るような目になる。
そういえば昔は、父のような忍者になりたいなと思っていたなと。
「反抗期だろ、俺もそんな時期あったし。」
「だからちげぇって……。」
セレンの言葉にむくれる俊平だったが、しかしそれ以上は言っても仕方ないのか、と思い黙る。
「所でおめぇよ、なんで忍者やめようと思ったんだ?」
「そりゃ……、まあ色々あんだよ……。」
「色々ねぇ、まあ話したくねぇならそれでいいけどよ。」
なにやら複雑そうな顔をしている俊平。
それを見て、セレンは聞くことをやめ2人は黙って道を進んでいった。
陽が暮れ、夜の帳が降りてきたころ。
2人はある程度進み、南端から少し進んだ村に到着した。
「よし、今日はここに泊まらせてもらうか。」
「今ってどれくらい進んだんだ?」
「さあな、どれくらいだか。」
そんなことを話していると、村人達が集まってくる。
本来あまり村と村の間での交流もないジパングでは、来客自体が珍しいからだ。
「えーっと、聖獣の守り手何だが、宿を借りれないか?」
「おぉ!聖獣の御使いということは朱雀様の!私村長の織江と申します、今お宿をお手配致します故、私の家でしばしお待ちくだされ。」
セレンが名乗りを上げると、老齢の女性が声をかけてくる。
織江は2人を家へと誘うと、馬に食料を与え2人の宿を用意するようにと手配した。
「ささ、雑多な場所ですがおくつろぎくだされ。」
「ありがてぇ、いただきます。」
「いただきます。」
食事を用意され、それを堪能する2人。
素朴な食事ではあったが、一日移動し続けた2人の体には沁みる。
「聖獣の守り手っていうんは、この国ならどこでも通じるんか?」
「ええ、そう伝えられております。聖獣の御使いが現れた際には村総出でもてなせ、と。」
「なるほど。」
むしゃむしゃと、かき込むように食事を食べながら、セレンが問う。
織江はそれに頷くと、次のように語りだした。
「我が村にも千年前の守護者様が滞在し、魔物を打ち払ったと伝承に語られております。」
「なるほどね、他には?」
「……、これは伝承ではないのですが、近頃このあたりの魔物が活発化しております。」
「それを倒してほしい、っと。」
「左様でございます、我々は武力を持たず魔物もこの千年おとなしくなっていた為、打ち払う術を持ちえないのでございます。」
「だとよ俊平、どうする?修行ついでにこなしていくか?」
「んぐ……!げほ!げほ!」
急に話を振られてむせる俊平。
茶をすすり呼吸を整え、考える。
「……、今のままじゃ、俺弱いよな?」
「あぁ、弱い。」
「強くならなきゃ、死んじまうんだよな?」
「あぁ、死ぬな。」
「……、やるしか、ねぇんだな……。」
諦め、とは少し違う気がする。
ここが異世界で、自分は戦わなければならない運命にあって、それを全うしなければ死ぬ。
ただその事実を、確認しているだけのような気もする。
「うっし、そうと決まったら明日からでも魔物の討伐としゃれこむか。」
「お、おう……。」
セレンの即断に戸惑いながら、しかしそうしなければならない事を、理解出来るだけの頭はある。
頷くと、さっさと終わらせてしまおうと食事を急いで口にした。
「あのさ、セレンさん。」
「なんだ?」
「戦い方、教えてくれないか?」
「明日な、まぁ俺も元々戦闘は専門外だから、あっさりおめぇの方が強くなると思うぞ?」
「そうなのか?」
「あぁ、俺は鍛冶屋としてこの世界に呼ばれたからな。」
宿へ移り、就寝前。
セレンは俊平に事実を伝えると、俊平は驚く。
「鍛冶屋って、刀作ったりする?」
「その鍛冶屋で合ってるぜ、俺は元々鍛冶屋の家庭に生まれたんだ。」
「それが何で、こんなことしてんだ?」
「それがな、俺の家族が失踪しちまってな、その理由をディンが知ってるっていうからついてきたんだ。あ、ディンってのは俺らのボスみたいな奴な。」
そういってセレンは思い出す、ディンと出会った日の事を。
「あれは確か、家族みんながどっか行っちまって、一人になって少し経ったくらいの時だったか。急にディンが現れて、家族の行方を知ってる、教えるからそん代わりについてきて手伝ってほしい、って言われてよ。」
「そのディンってのは何者なんだよ?」
「この世界群の神様らしい、竜神王って言ってたな。」
「か、神様!?」
「あぁ、神様だってさ。」
「そいつって、もしかして……。」
俊平は昨日見た夢を思い出す、朱雀と名乗ったあの紅い鳥の事を。
「なんだ?」
「いや、何でもない……。」
あれはただの夢ではないのだろうと今は理解している。
何せ、朱雀神の御使いと散々呼ばれているのだから。
「まぁ今日は寝ろ、明日からまた忙しいぞ。」
「わかった。」
朱雀神、それはこの島国を守護する四神が1柱。
軟弱者と言われて黙っていられる程、俊平は利口ではない。
その言葉を熨斗をつけて返すべく、俊平は覚悟を決めるのであった。
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