猿田彦俊平
沖縄は那覇市、まだ春は五月の初め。
国際通りにほど近い高校からの通学路、カラッと晴天の日が続き、そろそろ熱さを感じるようになってきた中、猿田彦俊平は幼馴染である春宮宏太と学校から帰っていた。
「なぁサル、今日どーする?」
「どーするって言われても、家には人入れらんねぇし公園で練習っしょ?」
「だよなぁ、もう暑くなってきたからサルんちいい日よけになると思ったんだけどなぁ。」
「なぁハル、うちをなんだと思ってんだよ……。」
「ん?忍者屋敷だろ?」
茶髪に赤メッシュにピアス、ワイシャツの裾をだらしなくだし袖を雑にまくるいかにも不良な俊平と、生真面目そうに制服を着ているが金髪ピアスの宏太。
この2人は高校のダンス部に所属していて、二年生だが上級生がいないため部長と副部長をしている。
「まあそうだけどよ……?」
「だろ?あんな広いとこ住んでんなんて羨ましいぜ。」
「実際いたらめんどっちいけどな。」
俊平の家はTVに報道される程有名な家で現代に残る忍びの家系、受け継がれる忍術の秘術があると言われている。
元を辿っても有名な伊賀甲賀には通じず、独特の技術を使うと歴史学の学者がわざわざ研究の為に泊まり込みに来るほどには賑わっていて、俊平はその次期当主なのだが。
「あんなとこはやく出て行きてえんだよおらぁよ。」
「それ中坊んときからずっと聞いてっけど、おやっさんが許さねえんじゃね?」
「バカ親父に何言われても出てくわ、東京いって可愛い姉ちゃんと付き合う!」
グッと握りこぶしを固めドヤ顔をする俊平。
あたりを歩いているほかの学生が変なものを見る目で2人の横を通り過ぎていくが、そんなものは関係ないと言った風だ。
「んでどこで振り考えるよ?」
「公園でいいんじゃね?」
「でも最近変なやつがじっとこっち見てんじゃん?あれお前のファンか何か?」
「んなん知るか。」
普段は学校のすぐ近くにある公園でダンスの振り付けを考えているのだが、そこに直行しないのには理由があるようだ。
というのもここ1ヶ月程、2人がダンスをしているとじーっと見てくる男がいるからだ。
「黒髪に青メッシュで刈り上げはかっこいいけどよ、あの包帯とツナギはなんなん?作業系なんか?」
「さあ、もしかしたら中二病かも知んねえぞ?」
「なんにしろやろーのファンより女の子の方がいいんだよ。」
「まーな。」
溶けてきたアイスの汁を吸いながら肩を竦める宏太。
あれは俊平を見てるとなんとなく思っており、自分は関係ないなとどこか他人事だ。
「まあ明日がっこでやるべ、今日はバイトあっし。」
「マジかよハル、俺最近働いてねぇ。」
「働けニート!」
ゲラゲラと笑う俊平。
宏太はそんな俊平の肩をバシバシと叩くと、さっさと家へと走って帰ってしまう。
「なんだよ、もーちょいだべったっていいじゃねえか……。」
宏太の背中をどこか寂しそうに目で追う俊平だったが、まあ仕方がないと気を取り直してゆっくりと歩いていく。
「……。全く、あんなんがほんとに戦えんのかよ?」
後ろをついて歩く件の男に気づくこともなく。
「「おおおー!」」
「またやってら……。」
「あら俊ちゃん、お帰りなさい。」
「おふくろ……、ただいま……。」
現代では忍者ショーをやって生計を立てている猿田彦家、父親と姉がショーの実演をやっている音が聞こえてくる。
それは音楽に合わせ技を披露するという芸当で、所謂パフォーマーのようなものだ。
「お風呂沸いてるわよ?入る?」
「いや、いい……。」
俊平はそんな父と姉、そして父の味方をする母が苦手なのか嫌いなのかわからなかったが、とにかくあまり関わりを持とうとは思えなかった。
足早に母親から離れると、自分の部屋へ向かう。
「あちぃ……。」
この屋敷、300坪程度ある巨大な屋敷ではあるのだが、あまり裕福ではない。
というのも、現代における忍びなどパフォーマーと歴史的価値しかなく、金にならないからだ。
俊平はそんな猿田彦家自体が好きではなく、早く出ていきたいと考えている。
これでも昔は父に憧れ、修行に励んでいたのだが。
そんな感情もいつからか失せてしまい、今では父や姉を嫌っている。
「息苦しいぜほんとによ……。」
トボトボと歩きながら悩む俊平。
何故こうなってしまったのか、何故ここにいなければならないのか。
高校生らしい反抗期と言えばそれで終わりなのだが、本人にとってはそれはとても重要だ。
「はぁ……。」
部屋に向かい歩いている途中。
もっとも出会いたくない人物とばったりとあってしまう。
「なんだ俊平、今日も遊び歩いていたのか。」
「……だったらなんだよ、忍者ごっこはいいのかよ。」
「……。」
父親である幹典だ。
ここにいると言う事は、パフォーマンスを行っているのは姉なのだろう。
「何度も言っているがお前は猿田彦家の次期当主なのだぞ?身を引き締めて修行に励まなければ……。」
「っるせぇんだよクソ親父!俺はこんなとこ出ていくっつってんだろ!」
「……。」
顔を合わせる度に言われ続けている事だ。
もう耳にタコが出来る程聞いたし、もう飽きる程こう返してきた。
それも、俊平の父親嫌いに拍車をかけてしまっている。
「……。」
「ったくどいつもこいつも忍者忍者ってつまんねぇんだよ!」
肩を怒らせて部屋に向かってしまう俊平、それを何とも言えない表情で見送る幹典。
「……。」
「ありゃだいじょぶなんか?」
そんな幹典に声をかけるものがいた。
「いや、カイル殿……。俊平が我が一族からの出陣になるとは……。」
「あいつのとげとげしい理由はなんとなくわかるけどよ、あれじゃ戦力にゃなりそうにねぇな。」
「はぁ……。俊平は我が一族の宿命を理解しておりません、私が向かった方がよろしいのでは?」
「いや、ディンに言われたのは俊平の方だ、あいつじゃなきゃいけねえんだとよ。」
その者の名はルベライト・セレン・カイル。
俊平と宏太が話していた不審者その人であり、俊平の何かを見定めている様だった。
「他の戦士方に迷惑をかけないといいのですが……。」
「まあそこを手助けすんのが俺達の役目だ、何とかするさ。」
セレンは肩をすくめながら幹典の肩を叩き、そして俊平が向かった方へと歩いて行った。
「まったく……、本当に大丈夫か?」
幹典は一人ため息をつき、当主以外は立ち入り禁止と代々定められている蔵へと向かう。
そこには厳重に鍵がかけられており、その鍵を持っているのは幹典だけだ。
「……。」
その中は陽がさしている訳ではないがほんのりと明るく、奥の神棚の下には一振りの紅い装飾が施されている直刀が納められている。
「これは意思のあるものにしか使えない、俊平、お前には荷が重すぎる……。」
しげしげと直刀を眺める俊平。
忍びの者が使うとは思えない朱に金細工をあしらったその美しい鞘に包まれたそれは、静かに熱を発し煌めいていた。
「クソ親父が……。」
12畳もある自室に戻ってきた俊平。
部屋自体は和室なのだが、俊平がハマっている流行りのダンスアーティストのポスターや以前にハマっていたアーティストのポスターなどで壁一面が埋め尽くされていて、チグハグだ。
それは自分自身の外へと行きたいという願望から生まれる統一感のなさ、つまり憧れからきていると俊平自身は思っている。
我が儘だというのは承知している、自分が継がなければならないことも。
しかし、自分には姉と違って才能はないし、真面目に修行をしていた時から叱責されていてばかりだった。
才能がない、と弟子たちに陰でささやかれていたのも知っている。
だからこそ姉が継げばいいのに、と思ってしまう。
「俺は出てくんだ、こんなとこ……。」
中学に入った頃だった、幼馴染の宏太がダンスの道へ誘ってくれたのは。
元々向いていないとはいえ修行していたおかげで、人よりバランス感覚が優れていた俊平の成長は目覚ましく、これならプロにだってなれると当時の顧問に言われ、本人もそうしたかった。
「お前はこの家を継がなければならないんだぞ。」
父親に言われたのはその一言だけだった。
中学二年の時にコンテストで優勝したとき、決勝のビデオを見せた時のことだ。
忍者としての才能はなくとも、出来る事を夢として追いかけて行きたいと話すつもりだった俊平はそれを聞いて黙り込んでしまった。
本当は期待されたかった、喜んでほしかった、褒めてほしかった。
それ以来だろう、父親とまともに話さなくなったのは。
「あー、早く卒業してぇ……。」
姉にも同じようなことを言われてしまった。
昔は共に父の技を見て憧れていた11歳年上の姉。
しかし、その頃から仲違いしてしまった。
「ちくしょぉ……。」
バッグだけ机の横に置き、どさっとベッドに倒れ込む。
頭の中を将来の夢で満たそうとすると、自然と口元が緩んでくる。
「俺のダンスがテレビで、かぁ……!」
大きなステージにスポットライト、スタンディングオベーション。
ファンが送ってくれる差し入れに、世界的ダンサーとの共演。
「ふふ、ふふふ……。」
思わずにやけてしまう。
将来を夢見て、笑ってしまう。
「ふふ……。」
そして急に眠くなってくる。
「ふ……。」
考えるのは苦手だと自身で考える俊平。
家の事や将来の事を考えると疲れてしまったのか、そのままスースーと寝息を立てて眠りについてしまった。
「さて、そろそろかな?」
すやすやと眠る俊平の部屋の入り口に一つの影、それはルベライト・セレン・カイルだった。
にやりと笑い襖を開け、眠っている俊平を見やる。
「さあ、おめえにとっちゃとんだ災難何だろうけどよ、こっちも仕事なんだ。許してくれよな?しょーねん。」
ぐるりと部屋を見渡し趣味がいいなと笑い、ポケットから無線の様な機械を取り出して電源を入れる。
「ディン、準備オッケーだ、よろしく頼むぜ。」
「あいよ。」
「にしてもこいつ役に立ちそうにねぇけどよ、父親の方じゃなくていいんか?」
「あぁ、その子でいい。」
「りょーかい。」
短い通信を終えると向こうの無線が切れてしまう。
忙しかったか?とセレンは頭を掻き、頭を振りながら俊平に近づき、無線を自身と俊平の間に置いた。
「お、来た来た。」
無線を置いて立ち上がるとほぼ同時に、無線から光がこぼれ出し魔法陣を描き始める。
それは五芒星となり、出来上がると同時に光があふれ2人を包む。
「んじゃ、出発っと。」
眩くその場を照らし、そしてその光が消えたとき。
2人はその場から消えてしまっていた。
「カイル殿……、もう行ってしまったか……。」
直後に幹典が部屋を訪れ、誰もいないのを見てため息をつくのであった。
場所は飛び、ディセントのディンの部屋にて。
「なぁディン、ほんっとーにあいつでよかったのか?」
「この世界、力を持ってるのはその時代の守護者だけらしいからな。俊平君がいいとか悪いとかじゃなくて、俊平君しかいないんだよ。」
「成る程なぁ……。」
ディセントは外園邸、質素な茶室にいるセレンとディン。
俊平が目を覚ますまでは暫く暇だろうからと、次の予定を伝えるべくディンが誘ったのだ。
「所でルべ、体の調子はどうだ?」
「んや、すっげえ調子いいぜ?これもあれかディンの魔力かなんかなのか?」
「いや、俺は何にもしてないよ。その耳飾りのおかげじゃないか?」
そう言って視線を投げた先にはきらりと光る戦槌の形をしたピアスが。
小さいが真ん中には紅い宝石が填められており、それはセレンが父親の工房で見つけた物を填め込んだのだが何でできているのかはよくわかっていない、という代物だ。
「これなぁ、これのおかげで変なことできっけど、何なんだろうなぁ?」
「さぁ、ただ膨大な量の魔力は感じるし、何かしらがあるんだろ?それがもしも元々の鉱石の一部なら、全部繋げたら凄まじい事になりそうではあるな。」
「ディンはそーいうの詳しいよなぁ、すげぇよまったく。」
「そりゃ色んな所行って色んな事してきてるからな。」
ふーむと紅茶を啜りながら考えるディン、何か心当たりはありそうな様子ではあるがいうつもりはないらしい。
「そんで、こっからはどうすりゃいいんだ?」
「あー、そういやまだ言ってなかったか。」
「他の奴らには?」
「まだだ。」
最初についたのがセレンだからなと前置きをし、紅茶を飲み切るとカップを置いて姿勢を正すディン。
セレンもそれに倣い姿勢を正すと、先ほどまではなかった緊張感がその場に流れる。
「んじゃ次のステップ、これから連れてきた4人はそれぞれ東西南北の祠に飛ばした、そこにいる人たちに話を聞きながら技術と経験値を貯めて、ここまで連れてきてほしいってのが次の仕事だ。」
「っていうと、すぐには集合しねぇ感じなんだな?」
「そうだな。最初から一つに集めるっていうのも手なんだけど、最初は自分たちの技量を育てるのと何に巻き込まれたか知る為の時間が必要だろ?どうせ戦わなきゃならねぇ宿命にあるのは変わんねぇけど、納得して戦うのとただ巻き込まれるのとでは違うしな。」
「そりゃそうだ、じゃあここに着くまでに一人前にすりゃいいんだな?」
「そゆこと。」
ディンは何処からか地図とペンをテーブルに出現させると、地形にペンで印を着けながら説明をする。
「細かいルートはルベに任せるけど、ルベの行く南と竜太の行く北は他の2組よりも距離があるから、移動はできるだけ早く頼む。」
「まあ南の端っこからのスタートだしな、そこら辺の移動手段は?」
「それは任せる、ただ現地民には聖獣の守護者って言えば大抵協力してくれるから、馬かなんかは使えると思うぞ。」
「はいよ。」
ディンはそう言いながら印をつけた地図をセレンに渡し、立ち上がる。
「ここから大変だろうけど、頼むぜ?」
「任せろ、ただし約束守ってくれよ?」
「わかってるよ、全部が終わったらな。」
真剣に問うセレンに笑いかけると、ディンは魔力を発動し魔法陣を描く。
「んじゃ、次はここで。」
「おう。」
返事を聞くと同時に転移魔法が発動、セレンはその場から消えてしまった。
1人になったディンは先行きを案じつつ、煙草を口にくわえる。
とそこに、茶室のドアが開き子供が入ってきた。
「お兄ちゃん、もうセレンさんは行っちゃったの?」
「おう、一番最初にな。それで蓮、どうした?」
「修行の時間だから来たの!」
「おお、そうだったな。」
灰色の短髪に水色の半袖デニムシャツに白Tシャツ、チノパンの半ズボンという服装の蓮 は、ディンの手を取り引っ張る。
腰には2本の剣が携えられており、体は細身ではあるが筋肉質なようにも見える。
「んじゃそろそろ蓮も仕上げに入るか!」
「うん!」
ディンの言葉に元気良く返事をすると、蓮は先に部屋を出る。
バタバタと廊下を走る音が遠くなるのを聞きながら、ディンは煙草に火を着けた。
「まったく……。」
その顔は父親そのものといった感じで、少し困ったような表情だ。
「さて、そろそろ両刃剣も使いこなしてもらわないとな。」
11歳で使いこなせたらそれこそ驚きだが、と煙草をふかしながらディンは茶室を出て蓮を追いかけていった。
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