女子高生アイドルが徹夜で決断を下した事情
「ライブのイントロに寸劇を入れるですって?」
社長はあたしたちの提案に驚いていた様子だった。これが、あたしたち四人で話し合った結論。そのあらましをリーダーであるあたしから、社長へ伝えたんだ。
『BLUE WINGS』との合同ライブを一週間後に控えた土曜日の朝のこと。あたしたち四人は悠斗の家を出発し、社長との打ち合わせの場である県内外れの喫茶店へとやっと辿り着いた。以前に七夕ライブの打ち上げでも来たことのあるこの喫茶店だけど、とにかく辺鄙な場所であるが故、結局あたしは家に帰る時間などなかった。シャワーは愛花ちゃんの実家のものを使わせてもらい、服は千尋さんの薄い灰色のワンピースを拝借。下着は……ってそこまでは別に書かなくてもいいよね。あたしのそれについては誰も期待していないってことで、ご想像にお任せってことにしておくね。
それにしても千尋さんの服、なんだかお日様のようなぽかぽかの匂いがする。普段千尋さんは実家には住んでいないのでずっと箪笥の奥に仕舞ってあった服らしいのだけど、本当にあの家の箪笥の中身って一体何がどうなっているのだろう。完全徹夜の眠気を誘う午前中に、ぴったりの服であることに違いない。……つまりは本当に眠いのだ。徹夜なんて推理小説の執筆してた頃以来だし。
「わたしその意見に賛成〜! それならわたしの女優復帰話を曖昧に誤魔化せるし、何より久々に演技ができるなんて、ちょっと楽しみだな〜」
「瑠海はそれでよくてもあたし演技なんてやったことないし、そもそも一週間で準備するなんてとてもじゃないけど無理だよ〜! まだ台本だって書けてないんだよね〜?」
「別に
「ちょっと瑠海! 最近あたしに対して発言が容赦なくない!??」
『BLUE WINGS』現役ツートップの瑠海さんと未来さんの反応は概ね良好だった。まぁ未来さんの方はどっちかというと渋々の印象だったけど、完璧に瑠海さんの推しに力負けしている印象だ。二人は普段この喫茶店の奥にある女子寮で共同生活しているらしいのだけど、この会話だけ聞くと仲が悪いと言うよりは熱い信頼関係で結ばれている印象があった。
「確かに面白い話ではあるけど、瑠海の噂を掻き消すにはネタとして不十分だわ。瑠海の女優復帰を待ち望む声は日に日に高まってきているの。その流れを完全に消さないように、だけどもう少しだけ時間稼ぎできるような案が最良なのだけど。それに未来の言う通り、残り一週間しかないと言うのに台本がないと言うのは致命的ね」
「それなんですけど社長? 実はもう一つ提案があるのですけど……」
社長からの指摘もおよそ予想通りのものだった。今回の話のきっかけは、春日瑠海さんの女優復帰を望む声があらぬ方向へ飛んでいき、ついに現実のものになる時が来たという噂が持ち上がってしまったのが根本のお話だったようだ。別にあたしの続編小説がどうとかそういった情報がリークしたわけでもないらしいのだけど、ただ一度火のついてしまった噂をそのままかき消すだけでは勿体無いと言うのが社長の判断だったらしい。
求められているものは、春日瑠海さんの女優復帰の噂の火の種を完全に消すことなく、それでも発火まではさせないことが目的で……それならば、あたしはこの手が最善だと思うんだ。
「あたしが天保火蝶として、明日までにその寸劇の台本を書くというのはいかがでしょうか?」
本当に必要だったのかも定かでない勇気を振り絞り、社長へそう提案したんだ。やや硬くなってしまったあたしの顔に、社長の不敵な小さな笑みがようやく届く。
「え、夏乃ちゃん……?」
だけどこの提案に一番驚いた声を真っ先にあげたのは、側で固唾を飲みながら話を聞いてくれていた千尋さんだった。きっと千尋さんのことだから、あたしの正体を知って驚いたわけではないだろう。そうではなくて、驚いた理由は別にあって……
「つまりそれは、あなたが天保火蝶であることを公表してもいいってことね?」
それは、社長が尋ねてきたその決断についてだろう。あたしの顔から汗のように滲み出てしまっている答えに対して、そのことを驚いているに違いなかったんだ。
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