二人のライブがなぜか漫才ライブになる事情
芸能事務所『デネブ』の毎年恒例のイベント、七月七日の『七夕ライブ』。
事務所に所属するアーティストが一堂に会して、一年にたった一度の夜を盛り上げていく。夏の星座にぴったりのこのイベントは、前代の社長の頃からずっと続いているものらしくて、七夕だけに未来永劫『デネブ』が栄えていきますようにという願い事も込められているんだそうだ。普段は真面目な事務所のくせにたまにこういう乙女ちっくなところが、どうにもうちの事務所っぽい発想だよね。
去年はこの後あたしたちの次に歌う『White Magicians』のデビューライブが組まれていたり、まだ『BLUE WINGS』加入前だった未来さんのドッキリ出演が組まれていたりと、何かとイベント満載なライブだったらしいけど、今年はそういったイベントは特になし。あたし個人的にはそんな悪戯があった方が好きだけど、どういうわけか今年は皆揃いも揃って、そんな気分にはなれなかったらしい。そう、何一つドッキリのない、至って平凡な七夕ライブだったはずなのに……。
「やっぱし二人だけでマナのパートまで分け合って歌うとか、体力的に厳しいものがあるわね」
「あたしは全然大丈夫だよ。ミサみたいにダンスの練習サボってたりしないから」
「それはあなたがドラマのオーディションに落ちてばかりなだけでしょ!」
そう。ライブ前日の夜になって、どうしようもないドッキリ爆弾を仕掛けてきたのは愛花ちゃんだったんだ。
「てか、あたしは別にマナみたいに女優を目指してるわけじゃないし……」
「女優は目指さない、アイドルはグーでゲンコツ、カホは一体どこ目指しているのよ?」
「そのグーでゲンコツがあたしの代名詞みたいになってるの、何とかなりません?」
「そんなのムリよ! あんな面白いネタ、カホにしか絶対できないもの」
「んー? それって、褒めてくれてる???」
「なわけないでしょ!!」
そういえば愛花ちゃん、一週間ほど前に『アイドルを休業したい』とか話してたよね? あれも結局本当に、一体何だったのだろうね。
「だったら聞くけどさ。あの時、マナの側にいたのがあたしじゃなくてミサだったら、ミサはどうしていたと思う?」
「マナに、針千本飲ます!」
「それ、あたしより酷いじゃん!!!」
会場はどっと笑いの渦に包まれた。愛花ちゃんが急遽不参加となった今宵のライブは、MC台本などまともに作れるはずもなく、ほぼ御咲ちゃんとあたしのアドリブだ。それでもこうして二人でも笑いをしっかり取れているのは、きっとあたしと御咲ちゃんの日頃の行いが良いからに他ならないだろう。
……え、あたしのどの辺りが日頃の行いが良いかって? んー、全部じゃない?
「でもほら見て。今日の観客席はいつもと違って、あなたと私、団扇の数もちょうど同じくらいよ? それってようやくカホも、アイドルとして認められるようになってきたってことでいいんじゃないかしら?」
「そりゃ確かに今日は同じくらいだけどさ……同じくらい団扇、見えないよね?」
「だっていつもは私とマナで会場の九割くらいは埋め尽くされているもの。そう考えると今日のこの状況はカホにとって十分すぎると言っていいんじゃないかしら」
「絶対よくないね。てかミサ、絶対あたしをディスっているでしょ?」
会場から、『ミサー』とか『カホー』と言った声援が、あたしたちのいるステージの上へと届く。でもそのボリュームだって、いつもよりは遥かに小さなものだった。今日のライブ会場はおよそこの後出演が控えている『White Magicians』や『BLUE WINGS』のファンが圧倒的多数だからだ。だったら尚更『BLUE WINGS』の妹キャラとして名高い愛花ちゃんがこの場にいた方が、絶対盛り上がっていたはずなのに、どうして肝心な時に限ってあの子はいないんだかね……。
とはいえ、御咲ちゃんの団扇の数の指摘には、若干の違和感が残ったのも事実だ。あたしと御咲ちゃんの団扇の数がほぼ同数。それってやっぱり不自然なんだよね。御咲ちゃんの団扇の数がごく僅かで、あたしの団扇の数が全く見えないって話なら理解できる。それならいつもと同じ比率だし、数学的にも何も間違ってはいないはずだ。だけどそうじゃなくて、あたしと御咲ちゃんの団扇の数がほぼ同数って、本当にそれって……???
「まぁ私たちより先輩方の歌を待ってる人の方がずっと多いのは間違えなさそうだし、とっとと最後の曲を歌いましょうか」
「んー、ミサちゃんいつもと違って随分自虐的だけど、大丈夫?」
「何よ?」
「別に?」
今日あたしたち『Green eyes monsters』の持ち時間は、きっかり三曲分。だからこそ、精一杯その三曲に集中するのみ。それがお仕事ってもんだしね。
「最後の曲は私とマナが出演するドラマの主題歌となります」
「そうそう。今週からドラマも始まるんだよね? 皆さん観てますか〜?」
肯定を示す反応が波のように届く。一気に会場が花開いたみたいだ。
「てか別にカホは出てないでしょ?」
「だって、あたしはあのラノベ大好きだもん」
「注目してるの私とマナの演技じゃなくて、そこなの!??」
「てかミサだってあのラノベ……というより作者の方? 大好きだもんね」
「そこでその話はいいから!!」
「ほら。みんな歌を待ちきれないってさ。ミサ、最後はしっかり締めるよ!」
「カホ、後で覚えておきなさい……」
御咲ちゃん今何か言ったかな? まぁあたしには特に関係ないけどさ。
「夏ドラマ『ガラス色のプリンセスの鈴音』主題歌、『海のサイン』」
「夏にぴったりの透き通るような曲です! 皆さんも一緒に歌いましょ〜!」
「それではミュージック」
「「スタート!!!」」
あ、そうだ。愛花ちゃんはちなみにただの夏風邪です。
事務所の主治医に言わすと、今日安静にしていれば明日には回復するそうな。
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