子役タレントの少女が覆面作家の道を選んだ事情

 あたしが推理小説作家としてデビューしたのは、中学一年の頃だ。


 小学生の頃から本好きで、元々妄想癖の強かったあたしは、何気なく推理小説を書いてみる。国語辞書を片手に、どうやったらあたしが中学生だとバレずに推理小説を書けるのか、そんなくだらないことを考えていたあたしは、わざと少し難しめ単語を選んでばかりだった気がする。まるで小さな子供が遊ぶパズルゲームのように、言葉と言葉の間の言葉を選びながら、最初はやっとこさっとこ小説を完成させていた。それを二、三回繰り返した後、恐れるものなど何もなかったあたしは、コンテストに応募する。まさか受賞するなんてことは思いもしなかったし、そんなあたしを選んでしまった今の担当編集でもある廣川さんは、ぽかんとした口ばかりを広げていたっけ。目の前に現れたのが中学一年のクソ餓鬼だったわけだから、当然と言えば当然かもしれないけどね。


 廣川さんは本当にあの頃、何を血迷ったのだろうって、今でも思うんだ。あたしみたいな中学一年生の餓鬼が描いた作品を、世に送り出そうっていうんだから。


 最初はもちろん、あたしの顔出しデビューを提案された。これでも今ではアイドルをやっているくらいのあたしだ。スタイルだってルックスだって、いくら中学一年の餓鬼とはいえ決して悪くはない方だったはず。であれば、そんな中学一年生という小さな女の子が書いた推理小説だと騒いで売れば、絶対に話題が出るはずだと。だけどあたしは売れるか売れないかなどという話には興味がなく、ましてやビジネスの『ビ』というたった一文字さえ全くわかっていなかったため、覆面作家になることを選んだんだ。動機はともかく、ただ単にめんどくさかったという話だったと記憶している。


 もっとも今となってはもっとめんどくさいアイドルなんてものをやってるわけだけどね。そっちはと言うと、あたしの意思とはほとんど関係なく、小学六年生だった頃に母親が芸能事務所へ勝手にあたしの写真を送りつけたのがきっかけだ。ぐうたら家にばかり閉じこもって、本ばかり読んでいたあたしを見て……うん実際は本を読んでいたのではなく書いていたわけだけど……心配した母親は何を血迷ったか、あたしを子役タレントにさせようとしたらしいのだ。別に自分の娘を目立たせたかったわけではなく、どちらかというと同じ年くらいの女の子ともっと遊んでほしかったとか、理由はそんな感じだったと後で暴露していたっけ。だったら芸能事務所じゃなくてもっと他にやり方あるだろ!って、本当にツッコミどころ満載なわけなのだけど、ご存知の通り、結果はなぜか『採用』。本当に無茶苦茶極まりないというのはこういう話を言うんじゃないかって思わないことないんだ。


 ま、そこで目にした経験を、そのまま推理小説へと変化させてしまったわけだけどね。母親はどうにもあたしを子役タレントにしたかったらしいけど、あたしは演技なんて全く興味がないせいかいつもオーディションで落ちてばかり。その結果を見て落ち込むというよりは、どっちかというと楽しんでいた気がする。

 そんな毎日を繰り返しながら完成してしまったのが、芸能界を舞台とした学園推理モノ小説ってわけ。今改めて考えてみても、随分なエコシステムで出来上がってるでしょ?


 そんなあたしの推理小説作家業と芸能活動がより強く結びついてしまったのは、中学二年の頃のことだ。……そう。あの小説がドラマ化されることになったとき。


 まさかあのドラマのせいで小説が書けなくなるなんて、あたしは思いもしなかったけどね。

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