アイドルが新幹線グリーン車に乗る事情

 愛花がドラマの宣伝も兼ねて、『BLUE WINGS』の未来がパーソナリティーを務めるインターネットラジオ番組に出演したのが、一昨日、水曜日のこと。俺は詳しく知らなかったが、割とそのラジオ番組を普段から聴いてるという人は思いのほか多いらしく、昨日は学校でもちょっとした騒ぎになっていた。『この声ってやっぱしあの和歌山だよな!?』とか、『あいつあんな地味なのにドラマ主演ってまぢか!?』とか、これまで愛花のことを噂していたのは主に女子ばかりだと思っていたが、ついにというかようやくというか、その波がやっと男子にまで辿り着いたようだ。それは愛花の第一号ファン(?)である稲取肇とて同じこと。……まぁ稲取の場合は『昨日は一年分の声が録音できました!』と我がクラスにやってきたわけで、さすがに俺の真横にいた愛花の顔は完全にドン引きしていたりもした。アイドルという職業も本当に大変なんだなと、この時ばかりは考えてしまったものだ。


 ただし、御咲の方はと言うと、また少しだけ機嫌を損ねていたようだ。自分を差し置いて愛花がラジオ番組に出演したことが原因かと思いきや、それについては『私は三月にその番組に出演しているもの』とあまり気にしていないようだった。とすると何にイラついてるのかと聞いてみると、紛れもなくドラマの話の一節で、『何が懐かしさよ。バッカじゃないの』とひたすら俺に愚痴っていたんだ。

 懐かしさ……か。そりゃそうだろ。愛花にとっても御咲にとってもあのお話の舞台は見覚えのある風景ばかりのはずで、全部俺が目の当たりにしてきた光景そのものなのだから。


「でも悠斗にとっては『わたしあのラノベ大好き』って愛しの愛花に言われるのが、一番心に響いたんじゃないの?」

「別に、そんなことあるわけねえだろ」


 新幹線の窓側の席に座る御咲は今朝も俺にそう茶化してくる。俺と御咲と愛花の三人は、小田原駅で夏乃と合流し、四人で名古屋へ向かうことになった。御咲は過去にも座ったことがあるそうだが、他の三人にとっては初めての新幹線グリーン車だ。広々とした二人席ばかりがずらりと並んでいて、思わずぺたんとお尻をついてしまうほど座り心地も良い。

 小田原駅で夏乃が右側の列の窓側に愛花を押し込むと、残された御咲と俺は左側の列に並んで座るしかなかった。一番左から、御咲、俺、夏乃、愛花という順に座ったわけだが、だとすると俺は窓側の方がよかったのではないか。もっとも窓側がいいと言い出したのは御咲だったからそうせざるを得なかったわけだけど。


 番組の中で愛花も話していたが、御咲はようやく怪我から復帰して、今週から少しずつダンスレッスンを再開していた。少しでも遅れを取り戻そうと、昨晩も夜遅くまで近くの公園で練習を続けていたことを俺も知っている。まだ治ったばかりであまり無理するなとは言ったのだが、当然御咲は俺の話の聞く耳などもってはいないんだ。


「てかお前、本当にもう足大丈夫なのか?」

「何言ってるのよ。全治三週間の怪我で、一昨日がその三週間目よ。大丈夫に決まってるじゃない」

「てかそれ言うなら一昨日どころか今週の月曜から練習してたじゃないか」

「そんな細かいこと一々気にしてられないわ。いつまでも休んでるわけにはいられないもの」

「お前なぁ……」


 いつでも全力投球。全ては自分を応援してくれるファンのため。

 それが御咲のポリシーであって、御咲のプライドでもあった。


「それにこれ以上休んでたら、全曲愛花にセンターを持っていかれてしまう……」


 そして、負けず嫌い。その矛先は常に、俺と愛花に向いている。

 夏乃と俺は事務所社長からの依頼で、名古屋遠征ツアー中の演出台本を書き直すことになった。これまで『Green eyes monsters』の人気はほぼ御咲一人でカバーしていたが、愛花のドラマ主演決定、そしてGW中の伝説のライブを機に、少しずつ状況が動き出しつつある。それを見越しての演出台本修正。つまりは、愛花をもっと前面に押し出すというのが目的だったんだ。

 そして夏乃と俺が出した結論は、ライブ中に披露する全十二曲のうち、七曲を愛花にセンターポジションを任せるというもの。これまでは常に御咲がセンターであったが、半分以上の曲を愛花が務めることになったんだ。だとするともちろん、振り付けも御咲と愛花でスワップが発生する。だが二人は難なく新しいダンスを覚え、俺と夏乃はただただ目を丸くするしかなかった。


「私、やっぱり愛花には負けたくないもの」


 それが恐らく、御咲の方の理由。愛花はともかく、御咲にとっては一週間しか練習がなかったはずだが、もっともまだ踊れなかった先週から動画をチェックしていて、振り付けを頭に入れていたっけ。


「そして君を今度こそ手に入れてみせるの。そろそろ頃合いだと思うし」


 御咲は不敵な笑みを、流れる新幹線の窓の向こう側へ見せていた。

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