雨と一緒に溢れ落ちる本音と涙の事情
「本当に馬鹿よね、私って……」
「責めるなら自分じゃなくて、俺を責めろって」
壊れて今にも動かなくなりそうな機械のように、何度も何度も弱音を溢す御咲。御咲をこんなにまでしてしまったのは、間違えなく俺のせいでもある。御咲のアイドルデビューが決まった日、俺は御咲と形だけ付き合うことにした。そうすることで何かが変わるかもしれない。俺と御咲にとってプラスとなる何かが……だけど実際に訪れたのはマイナスだらけの涙だったというわけだ。
「私、みっともない姿で泣く女って、本当に嫌いなの」
「ああ、もちろん知ってるさ」
そう言って御咲は、涙をぽろぽろ落としている。
「あんな風にステージの上でも泣くなんて、言語道断よ」
「ああそうだな。でも、それがあいつの取り柄なんじゃないのか?」
「それって最低な取り柄よね。そうやって男に気に入られようとするなんて」
「違う、そんなんじゃないよ。あいつはそんなつもりで泣いてない」
あいつ、愛花は先日御咲のいないステージの上で、今の御咲と同じようにわんわんと泣き崩れていた。別にそれはファンに媚びるように泣いたわけでも、御咲がいないことが寂しくて泣いていたわけでももちろんない。純粋にあの場所で、自分の弱さに気がついたからだ。自分のファンがちゃんと目の前にいたこと、それさえも気づかずに自分は歌うことさえできなかったこと、あいつはファンの前でも『ごめんなさい』って、そう答えることができた。
「お前はいっつも、無駄に肩肘を張りすぎなんじゃないのか?」
「そんなこと……」
そんなこと、あるはずだ。恐らくあれは、今の御咲にはできないことじゃないかって。こんな風に弱音を吐くのは俺の前だけであって、ファンの前では御咲のプライドが絶対に邪魔してくる。もっとも御咲の場合、あんな頓珍漢なステージを創り出すことは絶対にないだろうけどな。
「恐らくそれが、今の御咲に足りないものなんじゃないかって」
「私に……足りないもの……?」
「素直に泣いて、笑って、怒って……」
「そんなの人前でみっともないじゃない」
「みっともないことあるかよ。だってお前は今こうして……」
「…………」
そう言ってる側から、御咲の身体がふっと軽くなることに気がついた。このまま倒れてしまうんじゃないかって、俺はもう一度両腕に力を入れて、御咲の細い身体をぎゅっと支える。涙混じりの御咲の身体は、俺が支えていないと今にもぽきんと折れてしまいそうなほど。足だけじゃなくて身体まで折れてしまったら、それこそ全治三週間とかいうレベルじゃなくなるだろう。
「いいよ。俺の前だったらいくらでも泣けよ」
「だって君は……愛花のことが……」
「そんなの知るかって。今のお前を、俺は放っておけないよ」
あいつのことなんか知るか。何が白馬に乗った王子様だ。
そんな存在さえも怪しい夢物語に付き合ってられるほど、俺はもう暇じゃない。
「その言葉、本当に信じていいのかしら?」
「そんなの知らない。でも今はお前が本当に愛しいと感じてる」
「嘘ばっか。どうせ明日になれば夏乃や愛花に尾っぽを振って……」
「そうかもな。だけど今の俺の気持ちに、偽りなど全くない」
「この超浮気者!!」
弱々しい声で強く反発してくる御咲だったが、俺は返す言葉が全く見当たらなかった。浮気者か。全くのその通りだと思ったから。
だけど俺は、あいつを……愛花をずっと待っていたんだ。それなのにあいつはいつになっても振り向かないまま、芸能界のスターとして一気にその階段を駆け上がろうとしている。振り返ることも一度もなく、ものすごいスピードで、俺が見えなく場所まで距離が離れていく一方だって……。だから俺は御咲と、付き合うことにしたのだろうか。御咲と同じ歩幅で、愛花を追いかけたくて。
だけどあいつの姿が見えなくなったら、俺と御咲はどうするのだろうか? これまでと同じように、二人であいつを追いかけることができるのか……?
「ねぇ悠斗。お願いがあるの」
「何だよ。この際だからもう何でも言えよ」
半分やけの俺に対し、御咲の声は急に力の籠ったそれになった。
「あの子をメインヒロインとして、最高に輝かせるステージ台本を書いて」
「あの子って……愛花のことか?」
「うんそう。私たちを完全に置き去りにするくらいの、そんな台本を」
「私たち……?」
御咲、夏乃……そして、俺。
「でもそんなことしてしまったら……」
俺の問いかけに対し、御咲は黙ったまま首を横に振った。
「私を、誰だと思ってるのよ?」
もうすっかり涙は乾いていて、御咲はそう宣戦布告するんだ。何かを取り戻したような、いやそれ以上の何かを得たような、ひとつレベルアップした御咲の顔は少しだけ得意げな顔になっていた。
どこからその自信が来るのだろう。もしくはただの幻なのかもな。御咲は本音を胸の奥にしまっただけかもしれない。
「御咲はそれでいいかもしれないが、夏乃は……?」
「夏乃ちゃんなら大丈夫よ。私よりずっと強い女の子だもの」
「夏乃『ちゃん』ね……」
あれだけ『ちゃん』付けを嫌がっていたくせに。
とはいえ、御咲の回答は十分すぎるほどの説得力があった。恐らく夏乃に対して一番負荷をかけない方法は、愛花と御咲にしっかり前を向いてもらうこと。どちらかが立ち止まってしまうと、夏乃は自分の身を挺して守ろうとしてしまう。であるなら、攻めあるのみ。そうすることで三人がどう化学反応を起こすのか、俺はまだその先を知らない。今までは御咲を中心に回っていた『Green eyes monsters』だったが、そういう状況ではなくなってきたんだ。
「わかった。愛花をメインヒロインにする台本を考えてみるよ」
「よろしく頼んだわよ」
一時的な土砂降りの大雨は、もうすっかり泣き止んだようだ。一段と静まり返った喫茶店は、後はもう暗闇の夜が訪れることだけを待っている。そして夜が明ければ、また日は昇ってくるんだ。
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