じゃじゃ馬が暴走する事情
『でも本当に君って、御咲ちゃんと付き合ってるの?』
「だからなんでそういう質問に至るんだよ??」
しかしこいつ、これでいて本当に勘だけは抜群に鋭いから面倒なんだ。
『だって、君の前にいる御咲ちゃん、いっつもらしくないよね?』
「…………」
『てことはだよ、あたしも君とその間に入り込む余地はいくらでもあるわけじゃん』
「何馬鹿なこと言ってるんだよ。それよりむしろお前、大丈夫なのか?」
何とか話を逸らそうと理由を考えたが、やや荒療治だっただろうか。
とはいえ、夏乃が世間一般的に少しピンチを迎えているのは事実だった。それは、ライブ中の『グーのゲンコツ事件』のせいで、事務所の社長はやむなく夏乃を謹慎処分にした件だ。本来なら社長は夏乃を守りたかったそうだが、愛花に対して放ったグーのゲンコツは、主にビジュアル的に強い衝撃を与えていたらしい。ネット上でも最初は観客の正直で前向きな感想ばかりが並んでいたが、それでも徐々に悪い噂ばかりが先行するようになる。挙げ句の果てに事務所の説明責任とやらを求める声まで挙がるようになり、事務所は事細かく説明する代わりに『一週間の謹慎処分』とだけ公表するに留まった。
もっとも夏乃の場合、不幸中の幸いというべきか、一週間程度のオフがあっても元々仕事が一件も入っていなかったわけだから、最初から影響皆無だったわけだがな。
『ん〜、別に世間一般とやらからあたしがどう思われようと、あまり気にしてないっていうか……』
「お前がそれでよくても、社長はそれじゃ困るみたいな反応だったぞ?」
『まぁそれもそっかぁ〜……』
この極楽とんぼ、一体何をどれくらい理解しているのだろう? 夏乃は世間の反応を気にしなさすぎるが故、ファンはなかなかそのマイペースすぎる性格についてこれないでいる。これは夏乃にとって大きなマイナスなのだが、そもそもマイペースというやつが尚更たちが悪いのだ。社長はその点を気にして、俺に夏乃をサポートするよう依頼してきたわけだから。
「とにかく、今度の名古屋ツアーの演出台本をだな……」
『あ、それ、君と一緒に作り直すことになったんだってね』
「ああ。今の台本より、もう少し和歌山を前面に出すよう……」
『楽しみだな〜。御咲ちゃん差し置いて、君とデートできるなんて!』
「っておい、人の話を聞いてるのか??」
今度こそ話を逸らされないよう、しっかり手綱を掴んでおかねば。
『聞いてるって。愛花ちゃんのドラマ主演決定を、もう少し前に押し出すって修正のことだよね?』
「ああそうだ。社長からそれを俺と夏乃で……」
『そう、それだ!』
「そう。俺と夏乃で、和歌山を前に押し出す台本へと……」
『違うよ、その話じゃないよ』
「って、何が違うんだよ!?」
ところで夏乃との会話に本当に手綱なんて存在するのだろうか? 掴んでいたはずのそれは、いつの間にか手の中からすっぽりと消えてしまっていたらしい。
『君さぁ、何で『和歌山』なの???』
「え……?」
いや、手綱が消えるどころか、そのじゃじゃ馬はいつの間にか俺の背後へと回り込んできていたようだった。
『だって君、御咲ちゃんは『御咲』で、あたしのことはさっきも『夏乃』って呼んでたよね?』
「ああ。そうだけど……」
『だったらおかしくない? 君は女子を名前で呼ぶことに関して何一つ免疫ないはずなのに、愛花ちゃんだけ名前じゃなくて苗字で呼んでるなんて』
「それは……俺と和歌山は幼馴染だから……」
『いやいや、それ尚更じゃないかな? 幼馴染の方がふつう名前で呼びやすくない?』
それが苦し紛れの言い訳だってことには、俺も当然気づいていたが。
『まぁいいや。今の反応で大体わかったから』
「って、何がわかったって言うんだよ?」
『少なくとも、御咲ちゃんがいっつも機嫌悪い理由くらいは……かな』
「…………」
『とりあえず名古屋ツアーの台本、作り直さなきゃだね!』
「お、おう……」
『君があたしたち三人に夢中になれるシナリオを、二人で作っていくの』
「いやだから、そういう話でもなくてだな……」
そういえばさっき夏乃は、夏乃を題材に小説を書いてみたらという提案をしてきた気がした。だけど俺にはそいつはおよそ無理であることを悟ってしまう。なぜならこのじゃじゃ馬はさすがに乗りこなせそうもないから。出てきた瞬間、俺の小説はきっと明後日の方向へと駆け上がっていくことだろう。……まぁそういうのを御所望の読者様もいるのかもしれないが。
だって夏乃は次に甘優しい声音を使って、こんな風に挑発してくるんだ。
『最後に君は誰を選ぶのかな? 御咲ちゃん? 愛花ちゃん?』
「だからそういう話じゃなくて……」
『……それとも、あ・た・し?』
俺の背中に寒気が走ったのは、もはや書くまでもない。
というより、最初は俺と御咲の間の話をしていたのに、いつの間にか愛花まで巻き込んで、最後は夏乃自身も入れ込んできやがった。それがより一層俺の心臓に強く突き刺さる所以となっていて、俺は思わず次の言葉を見失ってしまったんだ。
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