ライブツアーで起きた涙の事情
舞台袖でアイドルが項垂れる事情
『Green eyes monsters』CD発売記念ツアー、全三日の行程は、今日がその中日である二日目を迎えていた。ゴールデンウィークの真っ只中にあるせいか、神奈川県内の海沿いにある遊園地はおよそ親子連れの声で賑わっている。もちろん中には『Green eyes monsters』ライブ目当ての客も相当数いるようで、それは『深紗』や『真南』、『夏穂』の団扇をそれぞれ手にしているわけだからすぐに判別がつく。
ただ、昨日埼玉県内で行われたライブでも微妙な違和感を覚えたのだが、団扇のバリエーションが増えていることに少し驚きと戸惑いを感じていた。もちろん『深紗』一人の団扇のバリエーションが増えているという話ではない。四月のデビューライブの頃と比較するとその差は一目瞭然で、明らかに『真南』と『夏穂』の団扇の数が増えているんだ。
昨日は観客席でライブの様子を眺めていた俺は、今日は舞台袖でそれぞれの団扇の数を数えていた。遊園地の屋外ステージとはよく言ったもので、音響設備を管理するコントロールルームも特段広いわけではない。であれば昨日と同様観客席でとも思ったのだが、状況が状況であり有理紗先生の進言もあって、今日はステージの袖でライブを見守ることにしたんだ。
屋外ステージに備え付けられた観客席はほぼ満席。愛花と夏乃のスタンバイは既にできていて、後は時間が来るのを待つだけといった具合か。
「結局、私の言った通りになったじゃない」
俺のすぐ隣にいた御咲が、か細い声をかけてきた。
「そうか? 少なくともこの状況は誰も望んでいなかったと思うが」
「ええそうね。望んではいなかったわ。こんな状況なんて」
「でもさっき、御咲が『言った通り』って……」
『Green eyes monsters』の三人が望んだこと。それは、三人でステージの上に立つこと。どんな方法であれ観客を喜ばせて、最後は笑顔になって帰ってもらうこと。互いに温度差はあれど、三人ともそれを願っていたのは間違いないことだった。
温度差というのは、愛花と御咲の方向性の違い。愛花は『今が一番旬の御咲を最前面に出すべき』と主張したが、御咲はそれを拒否した。そんなことで人気を得たところで絶対に嬉しくない。御咲のプライドがそれを拒否したんだ。仲裁に入ったリーダーの夏乃は、どういうわけかその結論を俺に委ねてきた。それが先日の喫茶店で行われた議論の一部始終だった。
「私は三人がステージの上で競い合うことを望んでいた。それは君だって、同じように答えたじゃない」
「ああ。『競い合う』という表現がやや違うかもしれないけどな」
俺は御咲の主張の通り、三人が堂々と胸を張ってステージの上に立つことを望んだ。御咲をかばったとか、そういう話でもない。本音は御咲がどうとか関係なく、俺は三人のステージを純粋に楽しみたかっただけだ。
それなのに……。
「私がいなくても、あの子はちゃんとステージの上で輝けるのか……?」
「…………」
愛花は、どういうつもりで『御咲を前面に』などと主張していたのだろう。いつも通りのあいつの天然だろうか。そんなの御咲が望むはずないだろ。だとすると、ただやる気がなかっただけ? あいつのことだからその可能性はゼロではない。だが、愛花の口振りからはその様子は感じられなかった。ライブを楽しんでもらいたい、そう願っていたのは御咲だけじゃなく、愛花も一緒の想いだったはずだ。
だから今日だってこの状況でも、愛花と夏乃は全力でステージを盛り上げていくだろう。今日のライブは予定通り行われる。ネットでもそう告知されてしまったわけだから。
「いたっ……」
「おい、無理するなって。その椅子に座ってろ!」
「冗談じゃないわ。あの二人がステージに立ってるのに、私だけ……」
「お前なぁ……」
俺は御咲から松葉杖を取り上げて、強引にその場にあったパイプ椅子に座らせた。御咲の冷たい視線が俺の身体を一瞬で凍らせる。頼むからそんな顔するなって。俺の両手の体温で御咲の両肩に触れた後、御咲のやや垂れた頭を俺の胸の方へと優しく近づけた。御咲の性格からして、泣き顔を見られるのだけは絶対に嫌だろうから。こんな時くらい涙を見せてもいいのになって思うのだが、昨日の事故以降も御咲は決して泣こうとしないんだ。
こうしていると、御咲の顔は見えなくても、ほんの少し緊張がほぐれていくのがよくわかった。プライドの塊のような女の子が、それ故、常に身体が硬直しきってしまっているのかもしれない。……たく、誰が御咲の彼氏なんだよ!? 俺はそんな自分をひどく呪った。
「元気出せよ。あいつらのステージ、始まるぜ」
今日の『Green eyes monsters』のライブは夏乃と愛花の二人だけ。
昨日のライブで怪我をした御咲は、今日はステージの上に立てないでいた。
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