小説家が芸能界にスカウトされる事情

「有理紗先生? そうやって誰でも見境もなく人をスカウトする癖、いい加減やめませんか?」

「見境もなくとは人聞きが悪いな。もちろん悠斗くんの小説は読ませていただいてる上でのスカウトだ。あたしは誰でも構わずスカウトしてるわけではないわよ」

「そうやって愛花もアイドルに仕立て上げたんですもんね。あの子、アイドルなんて全然やる気なかったのに、まさか本当にデビューしちゃうんだから……」

「千尋。それも語弊があるぞ。愛花は今でもやる気ゼロだ」

「って、全然フォローする気ないじゃないですか!!」


 なるほど。今の千尋さんの会話でこの女性の名前を思い出した。この人が千尋さんや愛花、そして御咲や夏乃に音楽を指導している噂の先生か。確か名前は、奥山有理紗って言った気がする。愛花は勉強がてら千尋さんのレッスンを見学するだけだったはずが、レッスン中に有理紗先生に突然呼び出されて、その場で歌わされたとか言ってたな。挙げ句の果てに御咲と一緒にアイドルデビューと事務所へ推したのは、この有理紗先生だったという話らしい。

 だとすると、俺をさっきスカウトしてきたというのは、結局……?


「一つ伺わせて欲しいのですが、その事務所の仕事というのは……?」

「悠斗くんだってそのルックスだもんね。やっぱし愛花みたいにアイドルデビューかしら?」

「え……?」


 笑いながらそんなことを言う千尋さんだったが、俺にそんな気は毛頭ない。


「それではせっかくの才能が勿体ないわ。そっちではなくて、今うちの事務所では悠斗くんのような文章を書ける人を探しててね……」


 文章を書ける人……?


「それって、どういうお仕事なのでしょうか?」

「曲の詞を書いてくれる人、あるいは今日のようなライブの台本を書いてくれる人ってとこかしら。あいにくそっち方面の人間がみんな忙しくなってしまって、人手が全然足りてないのよ」

「はぁ……」


 そういえばそんな話は御咲から聞いたことがある。事務所に所属する新人歌手の曲を、別のアイドルグループのメンバーが作曲したり作詞したりしてるらしいのだ。今日御咲たちが歌うデビュー曲だって、いつもならITOいとと呼ばれる有名作曲家が手掛けていたらしいのだが、そのITO自身のアイドル活動が忙しくなってしまい、新人作曲家のTAIGAたいがが曲を書いたとか言っていた。愛花の方はそのデビュー曲を非常に気に入っている様子だったが、御咲の方は少しだけそのことを気に病んでいるらしい。


「もちろん契約してくれたら君の小説のプロモーションも事務所でサポートするわよ。どう? 悪い話でないと思うのだけど」

「そういう話は出版社の担当にも相談してみないと……」

「その辺りの話ももちろん抜かりなく手伝わせてもらうわ」


 淡々とビジネスの話を進める有理紗先生。この人、音楽の先生と聞いていたはずなのだけど、結局何者なんだと思わないこともなかった。だが正直、悪い話でもなさそうな気もする。


「まぁそうは言っても、愛花みたいなやる気のない問題児はもう懲り懲りなんだけどな」

「先生そればっか。我が妹、どんだけやる気ないんですか……」

「何度も言ったろ。やる気ゼロだ!」

「……ほんとそれって、今日のステージ大丈夫なんですかね?」


 千尋さんと有理紗先生が苦笑いを浮かべながらそんな談笑をしている。今この状況を果たして談笑と呼べるのか、正直本気で怪しい部分もあるにはあるが。


 確かに御咲と比べたらあいつは……いや、比較するのもおこがましいほど、愛花の練習量は不十分だと素人目でも気がついていた。デビュー直前の昨晩になっても、俺の前で必死に練習を繰り返す御咲。そして練習しすぎて疲れ果てて電話で愚痴ばかり聞かせてくる夏乃。


 そんな二人と比べると、愛花はいつも通りの笑顔を絶えず溢していて……。

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