売買の話

 A博士の研究所の近くには、大きく「7」のマークが入ったコンビニエンスストアがある。

 B君も度々、駄菓子などを買いに利用していた。

「何の騒ぎかね」

 パトカーのサイレンと物々しい雰囲気がどうやら件のコンビニエンスストアから来ているようで、今日も今日とて屁理屈学の研究にいそしんでいたA博士はその騒がしさに薄い眉を顰めていた。

 B君はその蛇のごときA博士の顔を見つめながら、先ほどコンビニエンスストアで見かけた一部を話す。

「店員の態度が気に入らないと、男性客がクレームをつけていましたが――、もしかするとその延長でしょうか」

 B君に差し出された大福アイスを受け取りつつ、A博士は首を捻る。

 救急車のサイレンも続けざまに聞こえてきた。

「ふむ。B君。私は専門家でないから少し分からないのだがね。買い物、いや売買というのは、買う側が欲しいと品物を、売る側が金によって提供する行為ではないのかね」

「はあ、そうですね」

 悪癖たる演説の始まりそうな気配に、B君は適当な相槌を打つ。

 A博士はその投げやり加減にお構いなく、弁論を始める。

「そうだろう。そうであれば、買う側は『品物と金とに等しい価値がある』と認め、また売る側も『金と品物とに等しい価値がある』と認めているのではないかね。要は、金と品物に同等の価値があるからこそ成り立つ物々交換だろう」

「はあ、まあ。そうですね」

 救急車のサイレンは去っていき、辺りは元の静けさを取り戻した。

 A博士は続ける。

「そもそもあのちっぽけで噛んでも不味い白銅の数枚と、この、他の何にも替えがたい甘味を同等と言うのも私は疑問だがな」

 大福アイスを平らげたA博士からB君は空の容器を受け取ると、逃げるように台所へ向かう。しかしA博士の声は追いかけてくる。

「話が逸れたな。要するに、だ。同等のものを交換するなら、そこに立場の違いはないだろう、同等の者を交換する者同士の立場は同じでなければおかしいね。何故それが、店員が常にへこへこし、客がふんぞり返り、あげく生意気だと手をあげられなければならないのかね」

「まあ……、買っていただかないと店も成立しませんから」

 B君は店員に過剰にへりくだられる必要性を感じる人間ではなかったが、店員が礼儀正しくないと気になる性質の人間ではあった。

 そのため、いつも曖昧に回答を濁している彼にしては珍しく、非常に珍しく、だがやんわりと、A博士に反論した。

 それがA博士に火をつけることは知っていたが、果して予想通り嬉しそうにA博士が話すので、B君は災いを招いた自らの口を悔いた。

「ほう成程。成程。君は実に面白いことを言う。果たして聞くが、店が成立しなければ困るのは、一概に店側だけと言えるかね。客も困るのでないかね。店員や店長は次の商売を始めれば済む、きっとその職に向いていなかったのだからな。しかし客は何かを求めてそこに来ていたにもかかわらず、その『何か』、つまり品物がなくなり利便性を失うだろう。店側も客側も『何もその店でなくてはならない』わけでもないのは同じでないかね。条件は変わらんだろう」

「……」

「無論骨董屋なぞのように、店側が優位に立ち客と交渉する必要性などはないがね。それとも君は店員に手を上げ、かの男性のようにパトカーや救急車を呼ばれたい口かね」

「いえ――」

 B君は返す言葉がなく押し黙る。

 だがそこに悔しさはなく、A博士の主張にも正当性があることを心の底では認めていたので、改めて屁理屈学の高尚さを感じていた。

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