失礼な手紙
屁理屈学第一人者たるA博士は手紙に怒っていた。
彼の論文を読んだ有識者からのものであるという。
「全く失礼な話だ」
その蛇のごとき目をさらに吊り上げて、顔を真っ赤にしながらぷりぷりと怒っているので、B君も見兼ねて声をかけることにした。
「何か、反論でもあったのですか」
「見たまえB君」
「はあ」
「褒めてあるのだ。私の論文を褒めてある」
A博士がずいと押しつけてきた手紙には、微に入り細に入り、論文を褒めた立てる文句が並べてある。
どこが良かった、ここが良かった、ここに同意であるという全てへ対する賞賛である。
いったいどこに気に入らない箇所があったのだろうかと、B君が目を皿のごとくして探していると、A博士はいつもの悪癖たる演説を始めるのであった。
「B君は、屁理屈学を、屁理屈の定義を何と考えるかね」
「はあ」
――くだらない理屈のこと。とB君も答えたいのはやまやまであったが、目の前にいるのはまさにその屁理屈学の第一人者たるA博士である。
さすがに憚られ、B君は答えを濁す。
「いえ、僕にはまだ難しいです」
「ふむ私には言いにくいか。ならば辞典を引き、意味を読んでみたまえ」
B君は蛇のような目に見つめられながら、恐る恐るも、手持ちのスマートフォンで辞典を引く。
「……『筋道の立たない理屈』とあります」
「素晴らしい。そうだ。それで良い。それで良いのだよ」
A博士は不機嫌になることなく得心したように大きくうなずく。
「屁理屈とは。取るに足らぬくだらないものだ。それを私は研究しているのだ。え。分かるかね、B君」
「はあ」
「下らない、取るに足らぬもの、捨て置かれ、唾棄されるべきものを私は研究している。それが何かね、この手紙は。え、評論家のごとくあれが良い、これが良いと褒めて、そうだ、『褒めて』いるではないか!」
「はあ」
「このくだらないものを褒めるなど、言語道断だ、屁理屈は唾棄されねばならぬのだ! それをあれが良いこれが良いと、まるで良いものであるかのように……、定義を分かっているのか!」
「はあ」
あべこべのような気がしつつ、B君はともかく頷いた。
しかし、それにしても――。
「おっと、少し熱くなってしまったな。紅茶を淹れてくれないか。……いいかねB君、屁理屈学の後継者たる君はこのようなインチキ評論家に負けてはならないぞ」
「はあ……、紅茶を淹れてまいりますね」
B君は紅茶を淹れに台所へ向かう。
取るに足りず、下らなく、唾棄されるべき屁理屈学。
その屁理屈学の後継者たるB君――。
(……)
弟子入りはやはり、早計だったのだろうかとB君は考えるのであった。
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