余波
「エンゲージ!
リステルが声を上げる。
何より今回は、護衛対象であるセレンさんがいる。
コルトさん達がいるから万が一の事は避けられるとは思うけど、三人は出来るだけ監督役に回るつもりなのか、セレンさんの側から動こうとしない。
「瑪瑙は私とあいつらを叩くよ! 残りはセレンさんの周囲を守って!」
掛け声に合わせて各々が行動する。
リステルが前にタッと駆け出すのに合わせて、私も続く。
「瑪瑙いくよ!」
「うん!」
リステルが剣を鞘からスラリと抜くと、刀身が薄緑に輝いた。
私も剣を抜き、刀身に魔力を込める。
「ふっ!」
先頭を走る
すると、
剣を振る動作に合わせて、風の刃であるウィンドカッターを放っていたのだ。
その様子に驚いたのか、こちらに向かって来ていた
「まず一! 瑪瑙、右は任せた!」
「了解!」
そう言ってグンと加速して、左前へ走っていくリステル。
それを見送ると、足を止めている右側の
次の瞬間、氷の槍が地面から何本も突き出し、
フリーズランス。
中位中級の水属性魔法。
今は地面から突き出すようにして発動させたけど、空中に作り出して撃ち出すこともできる、使い勝手の良い魔法。
一度貫いてしまえば、そこから徐々に凍り付いていってしまう。
堅い甲殻で覆われているけど、お腹は甲殻が無く柔らかい。
そこを狙ったのだ。
氷の槍に貫かれ、息絶えた二匹の間を走り抜け、私はさらに距離を詰める。
見た目からは想像できない程の俊敏さと巨体、そして体の硬さを活かした体当たり。
鞭のように振るわれる尻尾。
前足の鋭い爪。
そして牙での噛みつき。
一番気をつけたいのは体当たりだけど、もう既に足を止めてしまっているので、その心配はない。
尻尾の攻撃も危険だけど、
凄まじい風切り音と共に、太い尻尾が屈んだ私の頭上を通り過ぎていく。
ちゃんと避けられるんだけど、怖いものはやっぱり怖い!
少し腰が引けそうになるのを、息をぐっと飲み一歩を踏み出すことで堪える。
尻尾を振り切り、体を横に向けた一匹に向かって走り寄り、腹部めがけて斬り上げる。
青く輝く刀身が腹部を斬り裂き、そこからどんどん凍り付いていく。
私はサッと飛び退くと、遅れてけたたましい鳴き声を上げる
だけどすぐに動かなくなり、事切れる。
その姿を見て恐怖を覚えたのか、残りの
「瑪瑙! 逃がしちゃダメだよ!」
リステルの声が聞こえたと思った瞬間に、逃げようとしていた何匹かの
浮足立った集団目掛けて、私は瞬時に魔法を展開する。
地面が液化し、
必死にもがいて抜け出そうとしているけど、もう手遅れだ。
液化した地面ごと凍り付かせる。
パキパキパキと音を轟かせて凍り付き、
一応これで全部の
「もう大丈夫だよ」
リステルが私の傍までやって来て、そう告げる。
その一言に、ほっと息をつく。
「瑪瑙、どうしてアルコーブでまとめて凍らせなかったの?」
不意にリステルからそんなことを言われた。
「え? だってアルコーブとかの行動阻害系の魔法は控えるようにって、コルトさんに言われてたから……。リクエファクションは逃がさないために咄嗟に使っちゃったけど」
どうしてそんなことを聞くの? と、首を傾げてリステルに話す。
「あー確かに言われてたね――って! 今は護衛依頼が優先なんだから、それはもう忘れていいんだよ!」
リステルが呆れたように私に言う。
「言いつけは守らないとって思ってたし、何より、まだ私自身どこまで調子が戻ってるかわからなかったから――ふぎゅ!」
「いい子ちゃんめ!」
あははーっと笑ってごまかす私の頬っぺたを、むぎゅっと両手で潰すリステル。
なんか最近、リステルが私の頬っぺたをむぎゅっとすることが多い気がする。
「はいはい。一息つくのは良いですが、気を抜きすぎてはいけませんよ」
そう言って、コルトさん達が近づいてくる。
「お二人とも凄かったです! まさかメノウさんがあんな風に戦えるだなんて想像もできませんでした! それにしても、
少し興奮気味なのか、早口で話すセレンさん。
「それは巣が近いからだな。
セレンさんにシルヴァさんが説明をする。
「では、もうすぐそこと言う事ですか?」
「あそこ」
ハルルが、塞がれた洞窟の入り口に方向に指を差す。
ここからだと、しっかりと入り口が確認できる。
そう言うわけで、魔物に襲われることはあったけど、無事に
入り口はルーリが塞いだまま、どこかに穴が開いていると言うことも無かった。
「さてー。中の確認をするわよー。リステルちゃんとメノウちゃんは、少し穴を空けて、そこからウィスパーの魔法を通して、中の音を拾ってみてちょうだーい」
「「はい」」
カルハさんの指示に、私とリステルは返事を返し、人の頭ほどの穴を空けて、ウィスパーを発動する。
……。
「瑪瑙何か聞こえた?」
「ううん。私は何も聞き取れなかったよ。リステルは?」
「ん。私も何も聞こえてこなかった」
私とリステルは頷きあう。
「では壁を崩して中に入りましょう。灯りの準備と、警戒は怠らないように」
ルーリが洞窟を塞いでいた土の壁を崩し、二人が並んで入れるほどの大きさの入り口を作った。
壁を崩した瞬間に、かなり冷たい空気が流れだしてきた。
「わっ! 凄く寒いですね!」
驚いたように声を上げるセレンさん。
「メノウちゃん、ウォームスキンをお願いするわー」
カルハさんの言葉に頷き、魔法を発動する。
私達それぞれの表面を、赤い光が覆う。
「では、中に入ります」
リステルが剣を抜き、片手にランタンを持ちながら洞窟に入っていく。
私もリステルの横に並び、警戒しつつ中に入る。
洞窟の内部には、
正直この光景を見ただけで、帰りたくなってくる。
リステルも同じだったみたいで、顔が少し引きつっている。
洞窟の中に入り、周囲を警戒して、安全かどうかの判断をする。
「入って大丈夫ですよ」
リステルがそう言うと、恐る恐ると言った感じでセレンさんが中に入って来た。
「ひっ!!
死体を見て、小さな悲鳴を上げるセレンさん。
「大丈夫です。ここに転がっているのは先日制圧した時に、量が多くて持ち帰るのを諦めた死体です。洞窟に穴が開いていなかったことを考えると、生きている
リステルもそう言うけど、あんまりいい顔をしていなかった。
まあ、セレンさんも私達と同じで、大の虫嫌いらしいので、この光景は少々おぞましいだろう。
セレンさんと一緒に入って来たハルルも、あからさまに嫌そうな顔をしている。
かく言う私も凄く気持ち悪い!!
「では、奥へ進みます。ゆっくり進みますので、落ち着いてついて来てくださいね」
リステルが、セレンさんを含め、私達に声をかける。
「お願いします」
セレンさんが緊張した面持ちでそれに答えた。
洞窟内をゾロソロと歩く。
足元には大量に転がっている
前回からそれなりに時間が経っているため、死体についていた霜は全部なくなっていた。
ただ、それでも息が白くなる程度には、洞窟内の温度は低いみたいだ。
ウォームスキンで体温維持をしておいて正解だろう。
少し進むと、巨大な空洞が現れる。
そこにビル程の大きさの巣が存在してる。
下方向に向かって作られたそれは、底の方は灯りが届かないせいで、全貌がわからない。
「――っ?! 何ですかこれはっ!! これが
驚きのあまり言葉を詰まらせるセレンさん。
「とりあえず底まで行きましょう」
そう言って、以前私が魔法で掘った、螺旋の道を歩いていく。
「アミールさんとスティレスさんから、事前に大きさの話は聞いていたのですが、これは想像してたよりはるかに大きいですね……」
巣を横目で見ながら、何やら考え込んでいるセレンさん。
底へ着き、周囲を警戒して、何もないか確認をする。
確認が取れると、私達は円を作りその場に座る。
「それで? この巨大な巣の取り扱いはどうするつもりなのじゃ? 冒険者ギルドだけで扱える代物では無いと思うがのう?」
「サフィーアさんはギルドの事を良くお分かりでいらっしゃる。確かにこれは、冒険者ギルドだけでは手に余る代物ですね」
サフィーアの言葉に、苦笑して答えるセレンさん。
「妾が知っているのはタルフリーンの冒険者ギルドじゃが、それなりに色々と付き合いがあったからのう。いくらフルールの冒険者ギルドが大きいからと言って、扱える事柄の限界は、そう大きく変わるまいよ」
そう言ってふっと笑うサフィーア。
「いくつか腹案を持ってきていたのですが、これはその中でも最終手段を取る必要がありますね。メノウさん、空間収納から鞄を取ってもらってもいいですか?」
「わかりました」
私は返事をすると、何もない空間にずぶっと腕を突っ込み、ゴソゴソと中を探る。
「どうぞ」
そう言って、取り出したのは革製の高そうな鞄。
「ありがとうございます」
私から鞄を受ける取ると、中から一枚の羊皮紙を取り出した。
「……アルセニック。確かフルールの領主の名前じゃったか。お前さん、最初から街を巻き込むつもりじゃったな?」
羊皮紙を覗き込んでいたサフィーアが、やれやれとため息をつく。
「巻き込むだなんて人聞きが悪いですよーっ! これはギルドだけでは扱える代物ではないと判断した時の為に、先んじて領主様に許可を取っていただけですよ。まさか本当に使う羽目になるとは思いませんでしたけど!!」
慌てて否定して、説明をするセレンさん。
「ん? どういうこと?」
頭にはてなマークが沢山浮かぶ私は、二人を見て首を傾げる。
「ふむ。そもそもこの超巨大な巣を、冒険者ギルドだけで扱う事が難しいことは、さっき言っておったからわかるじゃろう?」
「うん」
そう言って説明を始める。
「まずこの大きな巣の回収と銘打って依頼を出すのじゃ。まあこの場合は採取依頼で出すのが妥当かのう? この巣がある場所と、フルールではめったに見られないという
「「うんうん」」
私が頷くと同時に、いつの間にか私の膝の上に座っているハルルちゃんも一緒になって頷いている。
「最初の内はギルド側も儲けがでるじゃろうが、これだけ巨大なのじゃ、あっという間にフルール中の需要を満たしてしまうじゃろう。そうなると一気に値が崩れて、採算が取れなくなる。そうなってくると、採取依頼の値段を下げざるを得なくなる。この巣のある場所は魔物も出る位置じゃ。依頼の値段が下がると受ける冒険者も少なくなってしまうのは、想像できるじゃろう? そこで領主、この場合は街の出番なのじゃ」
みんながサフィーアの説明に、いつのまにか真剣に耳を傾けている。
「冒険者ギルドは、その所属する街に品を流通させることができても、他の街への流通は管理しておらん。そこで、ある程度の値段でフルールの街に買い取ってもらい、それをフルールから他の街へ輸出をする。そうすることで、値崩れを押さえつつ、効率よく捌けるようになる、という事じゃ。間違っておるかのう?」
そう言って、サフィーアはセレンさんに確認を取る。
話を振られた当のセレンさんはと言うと、ぽかーんと口を開けてサフィーアを見ていた。
「む? 違ったかのう?」
「はっ?! いえ、その通りで合っています。良く流通の事までご存知でしたね?」
「伊達に百年もタルフリーンで顔役をしておった訳ではないのじゃ。タルフリーンとテインハレス間の流通の把握だけでなく、領主や冒険者ギルドともそれなりに深い付き合いをしておった」
少し懐かしむように、遠くを見るサフィーア。
「もっと細かく言うとですね。そもそもフルールに、
そう笑顔で補足を入れたセレンさんが、急に笑顔を引っ込めて、真剣な面持ちになる。
「そう言う理由がありまして、皆さんには申し訳ありませんが、この巣を一括で買い取るという事が不可能という事になってしまいます。月に一度、売り上げから皆さんの分をお支払いする形を取らせていただきたいと思うのですが、それでご了承していただけませんでしょうか?」
申し訳なさそうに頭を下げるセレンさん。
「月に一度……。全部回収し終えるのに、大体どれくらいかかりそうですか?」
ルーリがセレンさんに聞く。
「どのくらいの冒険者が採取依頼を受けてくれるか把握はできませんが、ここまで巨大だと数年はかかるだろうと……。出来るだけ支払額は高くしますのでっ!」
「セレンさん落ち着いてください。文句がある訳ではないんですよ。ただ、私達はもうしばらくすると、フルールを旅立つ予定をしているんですよ。なので、支払うと言われても受け取れないんです」
慌ててまくし立てるセレンさんに、ゆっくりと話すルーリ。
「……旅立つってどういうことですか?」
動揺して聞き返すセレンさん。
「瑪瑙が元の世界に戻れる方法を探しに行くんです」
「――っ!!」
ルーリの言葉に、ハッとした表情になって私を見る。
「そう言うわけなので、巣は冒険者ギルドで自由にしてください。みんなそれでいいよね?」
リステルがみんなに声をかけ、私以外みんなが頷いた。
「ありがとうみんな。それと、ごめんなさい……」
私の為に言ってくれているのは嬉しいと思う。
だけどそれと同じくらい、途方もない事に巻き込んでしまっているという事実に、私の胸は苦しくなる。
「なーによ水臭い。私達がそうしたいって思って決めた事なんだから、ありがとうだけでいいのよ」
ルーリがニマーッと笑って私に言う。
「うん……ありがとう」
私はもう一度、今度は笑顔でお礼を言った。
「あ、そうそう。アミールさんとスティレスさんもここの巣の制圧に関わっているので、その二人にはお金は支払ってあげてくださいね?」
思い出したように言うリステル。
「大丈夫ですよ。ちゃんと二人の事も考慮に入れていますので、安心してください。ところで、皆さんが旅立たれるのは、すぐなんですか?」
「それは……」
リステルが言い淀む。
他のみんなも私に視線を向ける。
「……しばらくはゆっくりしたいよねー」
私はのんびりとした口調で言う。
「首都から戻って来てから、ほぼすぐに討滅依頼で出ずっぱりだったもんね」
「そうじゃのう。中休みはしっかりと取っておったが、流石に疲れたのじゃ」
「私は魔導具を色々と作っておきたいわ」
「お姉ちゃん達がゆっくりするならハルルもゆっくりするー」
みんなそれぞれ笑顔で頷く。
「わかりました! 少しでも皆さんに還元できるように、私も頑張りたいと思います。後、旅の事なんですが、相談に乗りますので、お気軽に相談しに来てくださいね」
みんなの笑顔につられて、さっきまで表情が強張っていたセレンさんも、笑顔で話に加わる。
こうして、フルールの街に戻って来てから始まった、討滅依頼関係の出来事は、ようやく終わりを迎えることになった。
正直、焦る気持ちはなくならない。
一日一日が過ぎていくことに、焦る気持ちと共に、恐怖を感じるようになってきた。
だけど未だに私はフルールにいる。
元の世界に戻る方法の手掛かりすら、何一つとして入手できてはいない。
これから旅をしたとして、見つかる保証もない。
見つかったとしても、十年二十年先の事かもしれないなんて考えてしまうと……これ以上考えるのはやめておこう。
だってほら、ハルルが私を心配そうな目でじっと見て、手を握ってきた。
ハルルのそんな行動に、察しの良いみんなは私が何を考えていたのかすぐに気付いてしまう。
「セレンさん。そろそろ帰還しようと思いますが、かまいませんか?」
リステルがそう聞くと、
「はい! 皆さん、街までの護衛、改めてよろしくお願いしますね!」
「頑張ります!」
自分の心の中モヤモヤを追い出すように、両手をぐっと握って返事をする。
そんな私に続くように、
「はーい!」
「了解です」
「ん!」
「もうひと頑張りじゃのう」
と、声を上げて、私の前に四人が立って手を伸ばす。
「瑪瑙、戻ろう! フルールに!」
「うん!」
リステルの言葉に笑顔で頷き、伸ばされたみんなの手を取って立ち上がる。
「そうそう、帰ったら打ち上げしようね! アミールさんとスティレスさんも誘ってさ!」
「そう言えばそんな話していたわね」
「瑪瑙お姉ちゃんお腹すいたー」
「……ハルルよ、流石にこんなところで食事にするのは妾は嫌じゃぞ? 虫の死体を見ながら食事をしたいか?」
「やっ!」
「だったら急いでここから出よう!」
『おー!』
姦しく会話をする私達を、少し後ろから眺めていたセレンさんが、
「やっぱり皆さん仲がいいですねー」
と、笑みを浮かべてそう言った。
帰還途中に魔物数匹と出くわすことはあったけど、それも大した脅威にはならず、私達は無事にフルールに戻ってくることが出来た。
この時、私達が首都ハルモニカの叙勲式に呼ばれ、その時に執り行われた天覧試合が原因で起きた小さな余波が、思いがけず大きくなってフルールにやって来たことを、私達は知る由もなかった。
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