さあ唱えろ!
タッと勢いよく地面を蹴って左に飛ぶ。
すると、さっきまで私が立っていた場所に向かって、鋭い爪がブオンという凄まじい風切り音と共に振り下ろされる。
私は、右手を振り下ろして隙だらけになった巨大な熊の胴体めがけて、鞘から剣を一気に抜き放ち、斬りつける。
青く光る刀身が横一文字に胴体を薙ぎ、切っ先を追うように、斬りつけた部分が凍っていく。
だけど巨大な熊は、そんな事をものともせずに、振り下ろした右手を、私に向かって振り上げてくる。
「っ!」
それを慌てて後方へ飛んで躱し、距離を取る。
「メノウ! 踏み込みが足りません! それと、二撃目はそんなに大きく躱さなくても、余裕があったはずですよ!」
横から厳しい声が飛んでくる。
「はいっ!」
返事を返し、今度はこちらから仕掛けるために前に駆けだそうとする。
だけど私の足は動かない。
背筋が寒くなり、足がそれ以上前に出てくれない。
そんな私を巨大な熊が見逃すはずも無く、四つん這いになり、大口を開けて突っ込んでくる。
そして、後数歩で私にその獰猛な牙が届くと言う所で、ザボンと言う激しい水音と共に、液化した地面に上半身が飲み込まれ、天地が逆さまになったようにひっくり返る。
私は、液化した地面を元の固い地面に戻して、上半身が地面に埋まって、足を空に向けている巨大な熊の横へ回り、青く光る剣を思い切り胴体へ突き刺した。
突き刺した場所から、パキパキパキと音を立てて凍り付いていく巨大な熊。
ジタバタと激しく動かしていた足は、すぐに動かなくなった。
「ふう……」
剣を引き抜き、息をつく。
そして、恐怖で思うように自分の体が動かなかった事と、それを情けないと思う気持ちを堪えるように、唇を噛む。
そんな私の肩をポンと叩き、
「戦い方は悪くありませんでした。ただ、まだ間合いの取り方に恐れが見えますね。こればかりはメノウ自身が乗り越えるしかありません。それから、突き刺すのはやめておいた方がいいでしょう。相手が複数だった場合、剣を引き抜くと言う一手が加わるだけで、致命的な遅れに繋がります。まあ今回は相手が相手でしたから、刺す方が攻撃しやすいのですが、今のメノウならしっかり踏み込んで斬りつければ、
さっきの厳しい言葉とは逆に、今度は優しい声で話してくれる。
「ありがとうございます」
そんな私と一人を、少し離れた所から見ている人達。
「確かに間合いを取りすぎだったが、落ち着いて対処できている。突進が来てからのリクエファクションは良い判断だった」
「では、次からは私とお嬢様と、共闘していきましょうか。フローズンアルコーブやリクエファクションのような移動を阻害する魔法は禁止します。いいですか?」
「はい」
「まぁ瑪瑙が本気でフローズンアルコーブ使っちゃったら、一瞬で封殺しちゃうからね。一緒にガンバろ!」
そう言って私と両手を合わせる。
「うん! よろしくね!」
笑顔で答え、キラキラと光る粒子が浮かび、木々が生い茂る深い森を、先頭に立って歩いていく。
私達は今、キロの森の中にいる。
白髪の女の子が去った後、私達は冒険者ギルドの客室へ案内されて、今後の事について話し合う事になった。
ただ、討滅依頼に関しては、依頼主がサルファーさん、フルールの警備隊隊長で、しかも領主の代行も兼ねている事から、冒険者ギルドに成否を決める権限はなく、あくまで意見する程度の事しかできないのだそうだ。
それでも、あの女の子からもたらされた情報は、成否を判断する材料として一考の余地はあると、ガレーナさんとセレンさんは言っていた。
まあ、すぐに話し合いの場を設けることはできないので、しばらくは今まで通り、私達には討滅依頼の遂行のために、東の草原へ出て欲しいと言われた。
その時に、キロの森の様子も見てきて欲しいと、もう一度改めて依頼された。
そんなこんなで、私達が冒険者ギルドを後にしようとした時にセレンさんが、
「もしもまた、あの白髪の少女に会うような事があったら注意してください。私は今までにいろんな人間を見て来ました。中には殺人を厭わないような、精神に異常を持った人間もいました。上手く言えないのですが、私があの少女から感じたのは、狂ったものを綺麗な皮で覆っているという印象です。正直ずっと肝が冷えたままでした」
と、言い出した。
話している最中に、どんどんと顔色が青くなっていった様子を見ると、かなり怖い思いを我慢していたみたいだった。
ハルルとセレンさん二人が揃って感じたと言う、あの女の子の狂気。
ハルルだけではなくて、セレンさんも感じた狂っていると言う言葉に、流石のアミールさんとスティレスさんも顔を青くして冷や汗を流していた。
私達は、白髪の女の子ともう二度と会わないことを祈りつつ、その日は家路についた。
深夜まで行動していたこともあって、翌日――と言っても、もう日付は変わっていたんだけど、その日のお昼から、また東の草原に出ることになった。
今回は先にキロの森の様子見をしようと言う話になって、一日かけてキロの森へ。
そして、キロの森に少し入った所で、今に至る。
「それにしても、すぐに
コルトさんがうーんと首をひねりながら言う。
「そう言えば、私達が大規模調査に来た時にも
私の方を見ながらリステルが話す。
「う~ん、言われてみれば確かに。私は距離とかはわからないけど、それなりに歩いた記憶はあるかな?」
私がそう答えると、
「その時に
「だよー。あの時は遺跡に近くなる程魔物が少なくなったんだよね。強い魔物の縄張りから逃げてたんじゃないかってルーリが話してた」
「それが
「いや、私に聞かれても……。そんな頻繁に災害級の魔物に出てこられても……」
リステルとコルトさんの会話を聞いて、顔が引きつる。
できればもう二度と見たくはないと思っている。
そんなことを考えていると、頭の上からピーチチチチと鳥の高い鳴き声が聞こえて来た。
「んー? ねぇねぇリステルー? 前来た時こんな鳥の鳴き声したかなー?」
リステルに話を振りつつ、上を見上げる。
ピチチチチ、ピーピーと高くて綺麗な鳴き声が少しずつ、少しずつ増えていく。
遥か頭上の木に、何匹もの茶色い鳥がいるのを発見した。
あら可愛い。
そう思っていると、
「げっ!」
「うわっ!」
っと、可愛くない声を上げて、上を見ている横の二人。
「エンゲージッ!!
コルトさんが叫ぶと同時に、ピチピチピーピーと高く綺麗な鳴き声だったのが、ギチギチギーギーと不快感を感じる鳴き声に変わり、それがそこら中から大量に降ってくるように聞こえてくる。
「うわっ?! うるさいっ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような大量の鳴き声に、唖然として見上げたままでいると、
「瑪瑙っ! ふせてっ!!」
リステルの叫び声が聞こえて、突然左腕を引っ張られて私は体勢を崩し、尻もちをついてしまう。
体勢を崩した瞬間に、私の右頬近くを何かがシュッと通り過ぎた。
呆けている私の前にルーリが飛び出して、
「グランドシェルター!」
地面に手を付けてルーリが最短詠唱で魔法を唱えると、一瞬で私達を土で出来た半球が覆う。
光が遮られ、キラキラと光る粒子がより鮮明に見えるようになる。
それでも真っ暗に近い視界の中で、赤い光が三つ灯る。
二つはリステルとシルヴァさんのファイアで、もう一つはルーリのランタンの灯りだった。
「「瑪瑙大丈夫っ?!」」
慌ててリステルとルーリが駆け寄ってくる。
「え? あ、うん。尻もちついちゃったけどそれ以外は特に――」
「瑪瑙お姉ちゃんほっぺた!」
いつの間にか横にいたハルルが驚いたような声を上げる。
ほっぺた? そう言われると、何だかヒリヒリする。
ヒリヒリする頬に触れると、ぬるりとした感触と、生暖かい液体らしきものが私の手に付着する。
「……へ?」
手を見てみると、指先が赤く染まっている。
「血?」
それが血とわかった瞬間に、私の体から体温が一気に無くなったんじゃないかと思う位、酷い寒気が私を襲った。
手が震えて呼吸が浅くなる。
ふっと意識が遠くなる感じがした。
私はグッと歯を食いしばり、
「ヒーリングッ!」
無理やり大きな声を出して、右手を頬に触れ治癒魔法をかける。
浅くなった呼吸を無理やり大きく息を吸う事で、落ち着かせる。
震える手は、思いっきり握りしめて抑えつけた。
ここで挫けちゃだめだ。
「ハルル。傷跡は残ってない?」
「ん。綺麗に治ってるよ。瑪瑙お姉ちゃん大丈夫?」
心配そうに私の顔を覗き込むハルルの頭に手を乗せる。
「何とかね」
もう一度ここから。
リステルと話した時に言ってくれた言葉を思い出す。
たぶん今私がここで、恐怖に震えてうずくまっていても、きっとみんなは優しい言葉をかけてくれる。
足手まといになったとしても、見捨てずにいてくれる。
でも。
でもそれは嫌なんだ。
元の世界に戻る方法を探すなんて、この世界の常識すら知らない私一人だと絶対にできない。
そんな私の為に、一緒に旅をしようと言ってくれている大好きな仲間がいる。
大好きだから、守られているばかりじゃ嫌なんだ。
一緒に横に立って、笑いながら旅をしたいんだ。
何より、全力で頑張るって決めたじゃない。
だったら、震えている暇なんてないはずだ。
もう一度大きく息を吸って、
「あの鳥は――」
何なの? っと聞こうとした瞬間に、土で出来たシェルターの外側からガガガガガっと何かがぶつかる音が大量に響いてくる。
……うん。
やっぱり怖いものは怖いよ!
「あの鳥は
やれやれと言った感じで解説してくれるコルトさん。
「じゃあ今聞こえてくる衝突音って……」
「間違いなく
コルトさんが考え込むと、
「ふむ。
サフィーアがコルトさんに話しかけた。
「えっと、人の首とか四肢位だったら、簡単に刎ね飛ばせますね。流石に岩を切り裂くと言った程の威力は無いはずですが。それがどうかしましたか?」
「では、この状態を脱するための作戦はどうするのじゃ?」
「それを今考えているんですが、どうやら迂闊にも、群れのど真ん中まで足を進めてしまったみたいなんですよね。のこのこと顔を出した瞬間に、全方位から一斉に魔法で狙い撃ちされて、バラバラにされてしまいます」
必死に作戦を考えているんだろう。
コルトさんはずっとうつ向いたまま、サフィーアを見ることなく話している。
「すぐに良い作戦が思いつかないのなら、ここは妾とメノウに任せてもらえんかのう?」
「……え? 私?!」
突然私の名前が聞こえてビクっとする。
「ちょうどいい作戦があるのじゃ。メノウの不安に思っていることも解消できると思うのじゃ」
そう言って胸を張るサフィーアを、コルトさんはキョトンとして見ているのだった。
「安心するのじゃ。冒険者になって日も浅い妾が思いつく作戦、至極簡単なのじゃ」
そして、私達はサフィーアの説明に耳を傾けた。
「……作戦と言うか、真っ向勝負と言うか。本当に簡単ですね」
と、呆れたように笑うコルトさん。
「成程な。基本的な魔法使いの戦い方だな。今の現状を考えると悪くないだろう」
シルヴァさんはニヤリと笑う。
「メノウちゃんは大丈夫ー? できそー?」
カルハさんは私を心配そうに見る。
「私が失敗しても、シルヴァさんとリステルの二人がいれば何とかなるんですよね。だったら思いっきりやってみます」
両手にぐっと力を込め、気合を入れて答える。
「「瑪瑙頑張れ!」」
「瑪瑙お姉ちゃん頑張って!」
リステルとルーリとハルルが私を応援してくれる。
「よっしゃメノウ、いっちょぶちかましてやれ!」
「やっちゃえメノウちゃん!」
スティレスさんとアミールさんも。
「むー。妾も頑張るんじゃがのう?」
口をムーっと突き出して、ぼやくサフィーア。
そんなサフィーアを正面から抱きしめる。
「信じてるからね。サフィーア」
「うむ。メノウは何も気にせず、全力を出せばいい。手を抜く出ないぞ?」
そう言ってサフィーアは私の頬にキスをした。
「ん、わかった」
私もお返しに、サフィーアの柔らかい頬ににチュッとする。
そんな私とサフィーアのやり取りを見て、ぷーっと頬を膨らませている三人は、見なかったことにしよう……。
「では、始めるのじゃ!」
「煌めけ、
蒼く煌めく結界が私達を覆う。
「よし、ルーリ。グランドシェルターを解除するのじゃ!」
「了解っ!」
そう言った瞬間、さっきまで私達を覆っていた半球型の土で出来たシェルターが崩れ、外の光に包まれた。
そして頭上から、再度ギチギチギーギーと大量の鳴き声が降り注いでくる。
それと同時に、結界にパシパシと何かが大量にぶつかる音が聞こえてきた。
「やはり、傷一つつけられんようじゃのう」
サフィーアが得意げにフフンと笑う。
「うーむ。この宝石魔法の結界の強度は、信じられない程堅牢だな」
シルヴァさんが興味深そうに青く煌めく結界を見ている。
恐らく今も大量の風の刃と風の矢なんかが結界目掛けて放たれているんだろう。
そんな状態でも余裕の態度をとっている二人を横目に、私は上を見上げる。
青く煌めく結界を通しているせいで、若干見づらくはなっているけど、辛うじて木の上にいる鳥、
うーん。
鳥の姿はやっぱり可愛――ん?
目をごしごし擦る。
そしてもう一度良く見てみる。
そこには木に隙間なく、みっちりと集結している鳥の姿があった。
「……流石にここまでみっちみちだと、逆に気持ち悪いわね」
さて。
次は私の番だ。
サフィーアの作戦は単純明快だった。
まずサフィーアが宝石魔法の結界を張り、ルーリのグランドシェルターを解除。
宝石魔法で飛んでくる風魔法を防ぎつつ、私が魔法で一気に殲滅する。
私が使うように指定された魔法も一緒。
アブソリュートエンド。
ただし、今回は手加減を一切しないで、全力全開で魔法を行使しろと、サフィーアは言った。
しかも結界を巻き込むようにとも言われてしまった。
どの道
この間夢で見てしまった惨状を思い出す。
怖くない訳はない。
もし現実であんな事になってしまったら、私は立ち直れない。
それでも、サフィーアは大丈夫だと、信じろと言ってくれた。
なら私はその言葉を信じるだけだ!
虚空に向かって両手をかざす。
大きく息を吸って、強くイメージする。
白銀の世界。
全てが凍り付く白。
青い光に飲み込まれ、終焉を迎える大地。
さあ唱えろ!
「美しく輝く白銀よ。我は全てに終焉をもたらす者。今、我が眼前の子羊に、絶対なる死を与えん。魂までも凍てつき滅びろ! アブソリュートエンド!」
これが私の全力だ!!
その球体は、ググッと小さくなると、次の瞬間、爆発を起こしたように瞬く間に広がり、青い光が全てを包んでいく。
その光に触れてしまった生物は、生きるために必要な熱を一瞬で奪われ、表面が氷に覆われ絶命する。
音も無く広がっていく青い光は、一瞬で周囲を白銀の世界へと変貌させてしまう。
さっきまで不快な鳴き声が大量に降り注いでいた森が、音すらも凍り付いたように、静寂に包まれた。
私達を守る蒼く煌めく結界は、未だに輝きを失う事無く、私達を覆っている。
周りを見渡す。
夢で出てきたような、氷の氷像は無く、ちゃんと生きているみんなが立っている。
その光景を見て、私はホッと肩の力を抜いたのだった。
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