第452話 魔王ルシファーとの交渉Ⅰ

「魔王アスモデウス!」


「シトリーもいるぞ!」


 そう口々にするルシファーの配下達。


「たった2人で来るとは余裕だな。アスモデウスよ」


 そう顔を向けてきたルシファーは、長い髪を真ん中で分けている端正な顔立ちをした男性だ。黒を基調をとした鎧や髪の影響か、白い肌がより目立つ。何より、ルシファーの一番の特徴は、顔の約1/4に火傷の跡があることだ。


「何、警戒することは無い。今日は其方に喧嘩を吹っ掛けにきた訳では無いからのう」


「じゃあ何をしに来たんだ!」


 そう妾に喧嘩口調で話しかけてきたのは、深紅の短い髪をした少女だった。こやつの名前はパイモン。ルシファーの右腕で、ベリアルが魔界一の炎使いだとしたら、こやつは二番目になるだろう。小柄な体ではあるがパワーもスピードも桁外れ。唯一の弱点は頭がそれほど良い訳では無いところじゃ。戦闘面で頭脳をフル回転させて戦うのが基本的ではあるが、パイモンの場合は並外れた戦闘センスで戦う。なので、何をしでかすか分からんという怖さもある。


「ルシファーと少し話がしたくてのう」


「――要件を早く言え。もう知っていると思うが、私はベリアルと戦争中だ。面倒くさい女が一人増えたのであれば、真っ先に殺すのが魔界の鉄則だ」


「一番新しい魔王の癖に、古い考え方を捨て切れておらんようじゃの」


 するとルシファーの目の色が変わった。その瞳にはほんの少しの殺気が込められている。そのほんの少しの殺気の迫力――ルシファーの家臣を含めた配下全員に寒気が走っているようじゃった。シトリーも冷や汗をタラリと流している。この場で、ほんの少しの殺気に怖気づいていないのは、妾とパイモンくらいじゃ。


「そう殺気立てるな。ほら、其方の配下が数人倒れておるぞ?」


 妾がそう言うと、「そうだな」と言って殺気を鎮めたルシファー。


「まあ単刀直入に言おう。其方の軍に、アスモデウス軍が加勢しようと思ってな」


 妾がそう言うと、ルシファー軍がざわつき始めた。


「加勢だと――!?」


「しかし、本当に加勢してくれるのであれば心強いぞ」


「魔王の中でも裏切りという言葉が一番相応しくないと聞く」


「――黙れ」


 ルシファーがそう言い放つと、配下達は青褪めた表情を浮かべていた。


「それで私に対する条件は何だ?」


「ベリアル軍を撤退させる事に成功したら、地上にいる敵の討伐に協力してほしいのじゃ」


 妾は満面の笑みを浮かべてそう交渉を持ち掛けた。


「――却下だ。帰れ」


 この即答に配下達も「ええ~」という表情を浮かべていた。まあ、口に出したら首を刎ねられるので、自分の気持ちを口に出す者はいなかったがのう。


 それにしても、このような回答がくるような気はしていたが、本当に想定通りじゃの。だから面倒くさい男なのじゃ。顔は良いがの。顔は。


「お前の力など必要無い」


「そうだそうだ! 第一、ルシファー様が地上など行くものか! 地上の事は地上で解決しろ!」


 と、パイモンが突っかかってきた。容姿も背丈も可愛いのじゃが、喋ったら全て台無しじゃ。一言で言うならばウザイのう――このうえ無く。ようし――こうなれば力づくで押し切るしかない。


「実はのう。その倒す相手というのが黒龍なのじゃ。其方は魔王になってからの記憶しか無かったんじゃないのか?」


 するとルシファーは「記憶」というワードに反応していた。耳をピクリと動かしたのを妾は見逃さない。


「黒龍と記憶が無い事に何の関係がある?」


「単純な話じゃ。以前も言った事があると思うが、其方は黒龍と戦ってから魔王になったのじゃが」


「記憶――」


 お! これはもう一押しでいけそうじゃ。関心を示し始めておる。


「魔王になる前の記憶――気にはならないか? 其方がいれば黒龍を必ず討伐できると思っておる。地上に出てくるのは其方一人で良いのじゃ。妾は全力を持ってベリアル軍に兵力をぶつける。その際にこっちの世界の兵力が大幅に削れるのは間違いないじゃろう。其方にとってメリットしか無いと思うのじゃ」


 正直なところ、魔界での兵力が大幅に削れて戦力ダウンするのは間違いない。わざわざ首を突っ込まなくて良いところに首を突っ込む――しかし、黒龍は別次元の強さじゃ。妾の見立てではZ級の実力者が3人揃ってやっとトントンじゃ。何より邪気を削らないと弱体化する事が出来ないというのが厄介じゃ。しかしルシファーの力があれば黒龍討伐はより簡単になる。


 ルシファーは魔界――いや、もしかすると地上と地下世界アンダー・グラウンドを含めて頂点の剣使い。こやつは、自動再生と自動回復を遅らせる事ができる天才じゃ。故に黒龍討伐も容易になるという算段じゃ。黒龍程再生速度と毎秒の自動回復の回復量が多い生き物は初めて見たからのう。


「きな臭いな。正直そこまでして黒龍を討伐したい理由が分からん」


「なあに。単純な話じゃよ」


 妾がそう言うと、ルシファー軍の連中からも釘付けになっていた。こやつらからしても一番気になるポイントなんじゃろう――いや、もしかすると、妾の胸に釘付けなのかもしれない。


 ――馬鹿な事を考えるのよそう。


「コホン。地上が好きじゃからよ。魔界の瘴気は確かに心地良いが、緑豊かな地上はとてつもなく綺麗でのう。殺風景でグロテスクな魔物が多い魔界とは比べ物にならないくらい素敵な場所なんじゃ。それに、聡明で寛大で豊かな心を持った魔物や人間が大勢いる。魔王になってから随分と経つはずじゃがまだまだ学ぶことがあって楽しい。妾の兵力が大幅に削られるかもしれないのに、ややこしい事に妾が突っ込むのは、それだけ地上を守りたいという気持ちが強いだけの話じゃ」


「成程――」


 全力を出し切った。あとはルシファーの回答を待つのみ。

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