第451話 魔王アスモデウスⅡ

「そ――そのような人類が本当にいらっしゃるのですか?」


 そう問いかけてきたのはシトリーじゃった。


「本当じゃ。そもそも嘘を付く必要がなかろう」


「も――申し訳ございません」


 そう言って冷や汗をダラダラと流し始め、顔色は一気に青ざめていたシトリー。別に少々な事であれば、妾は怒らないのに、どうしても部下達はこのような表情になってしまう。そこまで恐れなくてもよいのに、と言うのが本音じゃ。


「その御方はどのくらいの強さでしょうか?」


 そう問いかけてきたのは家臣のうちの1人じゃった。


「――多分、ルシファーといい勝負をすると思ぞ。流石にベリアルにはまだ勝てないかもしれないがのう。じゃが、地上では色々問題があって、黒龍を含めたZ級の相手を、三人も倒さないといけなくての。常に緊張感で張りつめている状態じゃ」


「な――成程。そのような状況に陥っていたのですね」


「そうじゃ。じゃから今回も事が上手く運べばいいのじゃが、途中で地上に行くかもしれない。青龍リオが危機を感じた時に、地上へ強制転移フォース・テレポートをされる手筈になっておる」


「そうでしたか。せっかく来て頂けたのであれば、こっちで体を休めてほしいというのが、我々の願いではありますが……」


 そう家臣が漏らすと、他の皆も暗い表情を浮かべていた。


「そうも言ってられん。事態は一刻を争う。シトリーだけ妾に付いてくるがよい。他の者は警備に当たってほしい」


「しかしシトリーだけでは――」


 そう一人の家臣が呟いたので、妾は首を左右に振った。


「良いのじゃ。妾はルシファーに喧嘩を吹っ掛ける訳ではない。あくまで交渉をしに行くのじゃからな。大人数で行くと相手も警戒するじゃろう?」


「た……確かにそうですが、もしアスモデウス様の事に何かあってしまっては――」


「大丈夫じゃ。シトリーもいるんじゃ。死にはせん。シトリー、早速準備を行ってくれ。早急にルシファーの元へ行くぞ」


「かしこまりました!」


 そうして10分程でシトリーは身支度を済ませた。シトリーは転移テレポートをする事ができないので、黒魔竜ジャバウォックの背中に乗って、邪気を感じ取りながらルシファーの元へ向かった。黒魔竜ジャバウォックは魔族と竜族の血を引く特殊な竜で、地上には1頭もいない魔界限定の竜じゃ。戦闘値はバフォメットと同等クラス。魔界でもこの魔物を飼い慣らしているのは、妾以外だと、ベリアルとルシファーくらいじゃ。


 炎と氷の遠距離攻撃を得意とし、飛行速度は音速を超える。何より――。


「アスモデウス様をお背中に乗せるのは何百年ぶりでしょうか――私、ラーゼンはこの上なく幸せでございます」


 そう。この子は魔族語を話すことができる優秀な子じゃ。人型化ヒューマノイドも使うことができるので、妾の配下の中では数少ない雄となる。しかしまあ、この子は赤子の時から育てているので、どちかと言うと親みたいな情じゃ。色目は一度も使ったことが無い。まあ、この子自体は、妾が色欲支配アスモデウスを使うとメロメロになってしまうがの。


「まあ1,000年ぶりくらいじゃないかのう――あんまり覚えとらんな」


「それはそれで何処か寂しいですね。なんかこう私に興味が無さそうと言うか――」


「そんな事はないぞ。いつも地上でも気にかけておる」


 と言ってみたものの、今となってはナリユキ閣下と、地上の事で頭がいっぱいじゃから、ラーゼンに関しては全く気にしていなかった。自分でも吃驚するくらいの嘘を付いてしまったのじゃ。


「――私にはもったいない御言葉です! 私、感動のあまり……」


 と、ぐすんぐすん言い始めたの感動のあまり泣いてしまったのじゃ。冷静に考えると、妾はこのようにして愛を向けられることが多い。しかしナリユキ閣下は割と素っ気ないからのう。もしかしたら、そこがいいのかもしれん。駄目じゃ、ナリユキ閣下の事を考えているだけでムラムラしてくるのう――。


 今からルシファー。今からルシファー。奴は面倒くさい男。奴は面倒くさい男。


 ――何をしとるんじゃ妾は――。


 そうこうしているうちにだんだんとルシファーの邪気が近づいてきた。奴等はデミゴルン森林と呼ばれる森にいるようだ。魔王同士の戦争で時折使われている場所だ。面積はおよそ3,000㎢程あるらしい。


「相変わらず、凄い邪気ですね。まだまだ距離はあるはずなのに、寒気が止まりません」


「この遠さなら、ベリアルの邪気も混じっているからのう。仕方ない事じゃ」


 本当に――まだ目的地まで数十キロはあるはずなのに、ここまで大きな邪気だと気味が悪いのう。


 シトリーの状態を気にしつつ、ルシファーの邪気が更に強くなってきたのが分かった。勿論、地上では剣を使って戦う雑兵が確認でき、その中でも一際ド派手に緑を吹き飛ばして戦うS級クラスの魔族同士の戦いも確認できる。


「この辺りの筈じゃが、もう少し先かの」


「アスモデウス様、どうやらあの辺りルシファーが拠点を構えているかと」


 ラーゼンの助言に確かに確認できた。黒龍以上のやたら目立つ邪気を放つ者がいる。この感じ間違いない。あの小さな城に奴はいる。というか、随分と会わないうちに強くなっていないか? これはZ級の妾でも気を抜いたら負けてしまうのう――。


 黒龍と対峙した時のように、妾は額から冷や汗を流していた。心臓の鼓動が早くなるのが驚くほどに分かる。


「行くぞ」


「お任せください!」


 ラーゼンが向かった先――。突如現れた妾達に意表を突かれて反応が遅れる雑兵と、瞬時に臨戦態勢に入るルシファーの家臣達。


「強大な邪気が近付いてくるのは知っていた。まさかお前だったとはな」


 漆黒の鎧を身にまとい、長い黒鳶くろとび色の髪をたなびかせてこちらを振り向く一人の騎士。容姿も声も全く変わっとらん。久々のご対面じゃ。

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