第293話 マカロフ卿から見たマーズベルⅠ

「しっかしややこしいな」


 俺がそう言うとミクちゃんは「確かに」と頷いた。


 マーズベルには囚人を置いておく場所何かなかった。でも今回は黒の殲滅軍ブラック・ジェノサイドを捕まえたことによって急遽必要となったのだ。そしてどうせ置くなら普通の牢は止めておこうと考えた。鉄格子は勿論作ったけど白くて清潔な空間にした。きちんとプライベートを保てるように部屋を一人一人設けた。全員丸ごと入れるのは俺としては嫌だったからだ。まあ、ワイズだけはヤバそうだから、森妖精エルフの結界を張ってもらったけど。


「改めて見ると凄い面子」


「まさかマーズベルに牢を作ることになるとは思わなかったからな」


「本当だね」


 俺達がいるのはマカロフ卿の部屋の前。8畳くらいの空間にベッドとトイレを完備している。それ以外は特に何も無いといったものだ。そしてベッドの上で寝ているのはマカロフ卿だ。今はまだ目覚めないようだ。


「これからはどうするの?」


「コイツ等を取り組むしかないだろ」


「本当に言ってる?」


「本当だけど」


「いつも突拍子も無い事言うんだから」


 と、ミクちゃんに呆れられた。


「いいじゃん。マカロフ卿達が味方になってくれれば強力だろ?」


「確かにそうだけど――まさか仲間になるって言わない限り解放しないんじゃ?」


「よく分かってるな」


 俺がそう言うとミクちゃんは「え~」ち凄く嫌そうな表情を浮かべていた。そして、そうこう話をしていると、寝ていたマカロフ卿が「ん?」と声を漏らした。意識が戻ったのか、ガバッ! と勢いよく起き上がる。


「ここは――!?」


 マカロフ卿は辺りをキョロキョロと見渡して俺に気付いて察したようだ。


「負けて捕まったようだな――葉巻も吸えんとは――」


「仕方ないだろ。枷を外したら暴れるんだから」


「違いない。しかし牢の割には綺麗な部屋だな」


「別にお前達を人間としての尊厳を失わせるような事が目的じゃないからな」


「成程な――だから貴様は甘ちゃんなのだ」


「うるせえよ! 元気でいられるように食事もバランス考えた献立にしてるんだからガタガタと文句言うんじゃねえよ!」


 俺がそう言うとマカロフ卿は高らかに笑った。


「本当に大馬鹿者だな」


「これはマカロフ卿に私も同意だね」


 とミクちゃんにまで言われた。酷い――。


「それで? 私達を捕まえてどうする気だ?」


「どうするもこうするもコードとQキューを倒してほしい。コードの上にももっと上の存在があるんだろ?」


「勘のいい奴だな。しかし、私達はコードボスには恩があるんだ。その恩を仇で返す気はない」


 メリーザを含めた皆をヴェドラウイルスで殺そうとしたのにまだそんな事を言っているのかこのロシア人。


「マカロフ卿、ちょっと俺についてこい。今から出かけるぞ」


「ハア? 貴様とか? 嫌に決まっているだろ」


「いいから黙ってついてこい。葉巻も自由に吸っていいから」


 俺がそう言うと、マカロフ卿は複雑そうな表情を浮かべていた。


「分かった」


「来るんだ!? ニコチン中毒者の駄目なところを見た気がする――」


 と、ミクちゃんにボロクソ言われるマカロフ卿。それを聞いてマカロフ卿は「チッ!」と舌打ちを鳴らした。


「どこに連れて行く気だ?」


「まあついて来いって」


 俺はそう言いながら牢の鍵を開けた。マカロフ卿の足枷に付いているスイッチを上にあげると、両足を繋げているタイプから、鎖が伸縮して両足が繋がらないタイプへと変化した。


「なかなかいいもの持っているな」


「このタイプになると、スキルも使えないのは当然だけど、力を大きく制御する。だから蹴りとかも出来なくはないけど、威力がガタ落ちだ」


「確かにな。力が抜けて仕方ない」


 その次はマカロフ卿に付いている手枷も足枷と同様のタイプだ。スイッチを押すことで鎖が伸縮して両手が使えるようになる。但し、力は足枷と同様で力は出ない。


「この状態で力仕事をしろとでも言う感じか?」


「言わねえよ! 黙ってついてこい」


 俺とミクちゃんは他の黒の殲滅軍ブラック・ジェノサイドの他の皆を残してマカロフ卿を町へと連れ出した。散歩をしていれば気持ちを切り替えることができるんじゃないか? という淡い期待だ。


 リリアンのメインストリートを見せていると、剣幕な表情が柔らかくなっていた。気付けば葉巻を吸いながら「いい町だな」と声を漏らしていた。


「オジサンはナリユキ様のお知り合いですか?」


 そう言って無邪気にマカロフ卿に質問をする風船を持った5歳くらいの子供だった。


「いや、私は――」


 マカロフ卿はしどろもどろとなっていた。子供は首を傾げて怪訝な表情を浮かべている。


「そう。お知り合いだよ」


 そう言ったのはミクちゃんだ。屈んで子供と目線の高さを合わせてミクちゃんは子供の頭を撫でていた。


「そうだったんだ! オジサンも凄い人なんだね!」


「まあ別の意味で凄いかな~」


 とミクちゃんは適当にあしらっていた。


「ナリユキ様、ミク様申し訳ございません。うちの子が」


 そう言って飛び出て来たのは、この子の親だ。頭を何度もペコペコと下げて俺とミクちゃんに頭を下げていた。


「ナリユキ様のご友人様も申し訳ございません。ナリユキ様のご友人の方も――」


 と、続けて謝っていたのでマカロフ卿は「いや――その――」と困っている様子だった。


「迷惑はかけてないよ」


「申し訳ございませんでした。ほら、邪魔しちゃ悪いから行くよ」


 そう言って子供を連れて行く母親は俺達の前からそそくさと去って行った。


「人気者だな」


「まあな」


 俺がそう言うと「平和な国だな」とマカロフ卿は呟いた。



 



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