第230話 マカロフ卿の様子Ⅰ

「ん……」


 俺は意識が朦朧もうろうとしているなかゆっくりと目を開けるとまず見えたのは天井だ。どうやら俺は意識を失っていたらしい。見渡し見ると薄暗い部屋で、内装はレンガ造りのようだ――っつ……。


 左の脇腹に痛みが走った。そうか俺は撃たれたんだ……。それで意識を失っていた。クソ――。


 あれ? 手が全く動かない――。


「クソ手も足も繋がれていやがる」


 どうやら俺はベッドに手も足も繋がれている。もう何をされるのかがある程度予測できた。そう思うだけで憂鬱だ。正直言うと怖い。スキルが発動しないだけで恐怖は膨れ上がる。いっそのこと死にたい――とすら思える。


「物音がしたんでな。起きたようだな」


 ガチャと部屋に入って来たのはノコギリを持っているマカロフ卿と、表情が暗いメリーザだった。


「目覚めはどうだ?」


「最高だな」


 俺がそう言うとマカロフ卿はふっと笑いやがった。


 俺はこんなふざけた事を言ったが、顔は面白いくらいに引きつっているだろう。


「普通ならヤメロ! それで何をする気だ!? って言って青褪めた表情で訴えかけてくるもんだが……」


 マカロフ卿はそう言って葉巻を吹かした。


「残念ながら俺の意思は曲げない。ならもうそっちが諦めるか俺を殺すしかないだろ」


「拷問されるのが怖くないのか?」


「俺はどんな拷問されても吐かない」


 俺はそうマカロフ卿を睨めつけた。するとマカロフ卿は「面白い」と一言。俺に近付いてくるなり――。


「ほら。貴様が望んでいた拷問だ」


「ぐあぁぁぁぁ!!」


 ギリギリと俺の腕にノコギリの刃が食い込んだ。激痛なんてものじゃない。上下に動かして、俺の左腕を木を削るかの如く切っていく。


 俺がどれだけジタバタしても拘束された手足で自由など無い――。俺を待っているのはただ腕を切り落とされる未来のみ――。


「どうだ痛いか? 痛いだろう?」


 マカロフ卿はそう言って俺の左腕を淡々と切っていく。


 俺の腕からどんどんと溢れてくる血――。普通ならば意識が飛ぶのだろうけど、与えられている刺激が強烈すぎる故にただ俺は断末魔を上げ続けていた――。


「本当に民間人か? ほら、これが貴様の左腕だ」


 俺はマカロフ卿に自分の左腕を見せられた。


 しかし俺は痛みと遠のいていく意識のお陰で当然喋ることはできなかった。ただ息を切らすのみだ。視界を少し横にずらすと、俺の腕が本当に無くなっているのを実感する。当然出血が収まることなんて無い――。


 俺は自分自身で顔が青白くなっていくのが分かっていた。


「マカロフ卿――お言葉ですがやりすぎでは?」


 メリーザがマカロフ卿にそう質問していた。


コードボスの命令だからな」


「しかし彼はアードルハイム帝国に捕まっていた人々を救い出しました。そのなかには私の友人もいました。ただ、私は一人で立ち向かう勇気が無かったので、友を救うということができなかった――それを彼は成し遂げてくれたのです!」


 メリーザはそう涙ながらにマカロフ卿にそう強く訴えていた。


「何が言いたい?」


 メリーザに向けるマカロフ卿の目は仲間に向けるような鋭さではなかった――もはや本気で敵対するときの目だ――。


「止めませんか? 私が今すぐ彼の腕を元通りにします」


 メリーザはそう言って俺に近付いて来たが――。


「邪魔をするな」


 マカロフ卿はメリーザの腹部を殴った。メリーザは腹部を押さえながら床に縮こまっている。


「邪魔が入ったな。続きを始めようか。どうだ? 我々の下につく気はないか? 貴様の能力はコードボスに買われている。悪い事は言わない、我々の下につけ」


「い……やだ……ね」


 俺が掠れた声でそう呟くと、マカロフ卿は俺の胴体に付いている切断部の腕に葉巻を押し当ててきた。


「貴様本当に死にたいのか!?」


 俺はの押し当てられている葉巻で再び断末魔を発していた。熱いと痛いの同時攻撃――ただでさえ切られた腕は痛いで済まされないほどの激痛なのに――。


「マカロフ卿! 止めて下さい! 今の貴方は過去に貴方がされたことの憂さ晴らしをしているだけにしか見えません! その行為は本当に貴方が望んでいる事なのですか!?」


「五月蠅いぞメリーザ! これは仕事だ。コードボスの命令に間違いなどない!」


コードボスに固執する必要はないでしょう! 貴方は貴方なのですから! 彼を痛いぶることが貴方の正義なのですか!?」


 目に涙を浮かべながらマカロフ卿を睨めつけるメリーザ――俺は彼女がマカロフ卿に対して反論するとは微塵も思っていなかった。寧ろマカロフ卿の命令は忠実にこなす印象があった。それは良くも悪くも、マカロフ卿以外と関わるときの彼女はどこか無機質だったからだ。


「もういい。その男をあの部屋へ連れて行っておけ」


 そう言った後、マカロフ卿は壁を殴って部屋を出て行った。正直、何が何やら分からない。一体、何が起きているんだ?


 俺がそう思っていると、メリーザは俺の切断された腕を持ち、俺の胴体に付いている腕とくっつけた。そしてメリーザは必死に回復ヒールを行ってくれた。どうやら元通りにしてくれるらしい。


「腕を切り落としたり……元に戻してくれたり……意味分からねえ。アンタ等の間に何があったんだよ」


 俺は声が途切れ途切れになりながらもそう問いかけた。勿論、その間メリーザは俺の言葉を遮ること無く黙って聞いていた。


「私達というより――マカロフ卿がここ最近おかしくなってきてるのです」


「おかしい?」


 俺がそう問いかけるとメリーザはゆっくりと口を開いた。





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