第206話 ヴェドラウイルスⅡ

「とりあえずあの男の足取りを調べておいてくれ。アリスも連れたらあの患者の足跡でどのような行動をしていたか分かるだろ」


「かしこまりました。ではアリス様を呼んで調べます」


「ああ」


 俺がそう言うとベリトはこの場から姿を消した。


「それにしても大変な事になっちゃったね」


「そうだな」


「ヴェドラウイルスか――忌々しい過去だな」


 そう声が聞こえたので後ろを振り返ると、ランベリオンが治療を受けている患者を見ながら神妙な顔つきをしていた。


「いたのか」


「今来たところだ。森妖精エルフ達が我に報せてくれたのだ」


「成程な。で、ヴェドラウイルスについてはランベリオンも知っているのか?」


「勿論知っている。何しろ、先代のカーネル王がヴェドラウイルスにかかり死亡してしまったからな」


「先代のっていうとルミエールの父親か?」


「ああ――だからルミエール・カーネル王もヴェドラウイルスに対しては強い憎しみを持っている。それで両親を共に亡くしているからな」


「いや待て――そもそも何で先代の王が患って命を落としたんだ?」


「アーディン王国の国王とは仲が良かったんだ。それこそ、今のナリユキ殿とカーネル王のように――それで、カーネル王国から選りすぐりの回復士ヒーラーを派遣した。無事に数名を助けることができたのだが、回復士ヒーラーがウイルスを持ち帰っていたらしく、それがまだ幼かった現カーネル王に感染してしまった。幼少の頃なので当然身体は弱い。三日三晩先代と王妃が看病をした。勿論、クロノスやガブリエルもルミエールを助けるためにあらゆる手段を模索した。しかし、進行が早くて現カーネル王は命を落とした」


 は? ルミエールが一度死んでいる――!?


「どういうことだよ」


「話の通りだ。現在のカーネル王は一度死んでいる。そして、カーネル王国の他の国民にも感染拡大して、15,000人の犠牲者を出した。助けに行くという善意が国民を犠牲にしたのだ」


「辛いね――それ」


 そう言ったミクちゃんの声は震えていた。


「ああ。辛い――我も当時は何もできなかったからな。それで先代のカーネル王は決意をしたのだ。アルティメットスキルである国民の為にカーネル・キングダムを使用することに――」


 国民の為にカーネル・キングダム――国民を10,000人ランダムで蘇生できるアルティメットスキル――。


「でも、それだとルミエールが蘇生できる確率はランダムになってしまう」


「そこで使ったのが王妃のアルティメットスキルだ。王妃が持ったいたのは、国民の為にカーネル・キングダムで復活させることができる人間を5人まで決めることができるというもの――それも自分の命と引き換えだ」


「それでルミエールが復活したんだな?」


「ああ――先代も人気が高い王で優しいお方だったからな。カーネル王が死んでいなくても国民の為にカーネル・キングダムは使っていただろう」


「成程な」


「ナリユキ殿――今回の調査は我に任せてくれぬか? もう指を咥えている間に友が死んでいくのは嫌なのだ」


 ランベリオンの目は真剣そのものだった。20年前といえばランベリオンは既に☆3つだ。どれだけ勲章を持っていても助けることができない命があることを痛感したのだろう。


「いいだろう。但し一人では行くな。アマミヤを同行させる」


「ああ。それは心強いな」


「タテワキさん。聞いていたわよ。私がランベリオンと行けばいいんでしょ?」


 そう言って来たのは戦闘服を身に着けたアマミヤだった。


「流石のタテワキさんも焦っているようですね。大丈夫――私とランベリオンが必ずいい情報を持って来るからカイルとユイを宜しくお願いします」


「まさか今から行ってくるのか?」


「勿論ですよ。緊急事態なんですから。ね、ランベリオン?」


「ああ。とりあえず我とミユキ殿でカーネル王の所へ今から向かい状況を報せてくる。それからは一番怪しいログウェルで情報収集を行う予定だ」


 アマミヤもランベリオンも当然の事だろうという顔つきをしていた。


「あ、でも深夜残業手当は高くつきますよ?」


 そう言ってアマミヤは意地悪な表情を浮かべつつウインクをしてきた。


「心強いよありがとう2人共」


「任せろ」


「任せてください」


 2人はそう言ってニッと笑みを浮かべて後、振り返ってこの部屋から出て行った。


「上手くいくといいね」


「あの2人なら大丈夫だろ。それよりこれから国をどうするかだな。とりあえず当面は国に人間を入れない方が良さそうだな」


「出入りは商人だけにするとかの何かしらの制限を設けたほうがいいね。あとは通行許可証が無いと入れないとか」


 そう話をしていると、目の前で患者に治癒を施している森妖精エルフ達が手を止めた。


 森妖精エルフ達は皆俺達に向かって挨拶をしたのを考えると治療は終わったらしい。湿疹もさっきと比べると大分薄くなっていた――。


 集中治療室から2人がかりでストレッチャーから運び出される患者。そしてその後についていく2人の森妖精エルフ。どうやら治療は上手くいったらしい。そして、1人の森妖精エルフがここに残った。


 銀縁の丸眼鏡をかけた長い金髪の柔らかい表情が印象的な男の森妖精エルフのリーズだ。しかし、口元は布で覆っているので表情は正直分かりづらい。


《ナリユキ様。患者は一命を取り留めました。そして我々も感染している可能性がありますので、念話での対話をお許し下さい》


 リーズからそう念話で通信が入って来た。


《ああ問題ない有難うな。で、患者はどうなんだ?》


《数日もすれば容態は良くなると思いますので、目を覚まして精神的に安定しましたらカウンセリングを行う予定です。ただ、見られていたと思いますが、まだ湿疹は残っております。今は一命を取り留めましたが、今後はどうなるか分かりませんのでしばらくは経過観察を行う必要があります。また、我々も一緒にいた者同士で経過観察を行い、別棟で暮らすことを考えております》


《そうか。何か分かったら必ず念話で教えてくれ。頼んだぞリーズ》


《かしこまりました》


 リーズとの対話を終えると、リーズは頭を俺達に下げてから部屋から出て行った。


「フィオナ。今日はもうゆっくりしておくといい」


 俺がそう言ってミクちゃんと部屋を出ようとすると――。


「何かできることはありませんか?」


 フィオナは自分の胸に手を置きながらそう訴えてきた。


「今はいい。また後で指示をするよ」


 俺はそう言い残してこの部屋からミクちゃんと出て行った。

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