第192話 ゾーク大迷宮の魔物Ⅰ

「流石の俺様もキツイな」


 ワイズはそう言いながら、ジェネラルワイバーンの首を蹴り飛ばした。その首が壁に激突すると、鈍い音が鳴った後に床に転がった。


 転がる死体は多種多様。ジェネラルワイバーン、アンデッド、雷黒狼サンダー・ウルフ森妖精エルフ闇森妖精ダークエルフ、天使などごちゃ混ぜの階層だった。敵も敵だ。我々の体力は疲労し切っている。何より、ワイズの口からキツイという言葉は、私と戦った時に出てくる言葉だ。


「マカロフ卿。一体この階層で休息をとりましょう。幸い、ジェネラルワイバーンという上質なお肉もございます」


「そうだな。次への扉も開いているし、クリアをしているからな」


「ああん? 弱気になっているんじゃねえよ。ちゃっちゃっと進んだ方がいいだろ」


「慌てても意味がない。何なら私が貴様を殺してやろうか?」


「やってみろよ」


 と、突っかかって来るワイズ。私を睨みつけて臨戦態勢に入っている。


「――やっぱり止めておこう。MPの無駄だ。メリーザ、レイ、スー。食事を準備してくれ」


「はい!」


 3人はそう応えてくれて早速、、ジェネラルワイバーンの肉を剥いでくれた。しかし、ワイズだけは私を睨めつけたままで、挑発をするだけして、何もしてこないという事に苛立ちを覚えている様子だった。


 何故ならば、拳と軸足が思い切り力んでいるからだ。その目は野生の魔物そのもの。言い方は悪いが、コヴィー・S・ウィズダムは何故このような怪物を造り上げたのかが理解し難い。この世界の人類がより進化を遂げる為なのだろうか? 単純に交配種という可能性に見出したかったのか――。と、まあ考えていても仕方ない。この世界からピタリと姿を消した人間の事を理解しようにも困難だ。


「いいから大人しくしていろ」


 私がそう睨めつけると、ワイズはグッと歯を噛みしめた後、力んでいた拳と軸足は緩んだ。野生の勘というやつなのだろうか? このダンジョンに入って私の実力は格段にアップした。それによってワイズと並んでいた戦闘値に差が開いた。ワイズは人間を含めた様々な種族の交配の塊。故に、炎、水、雷、土、風、闇、光というスキル属性を扱う事ができる。スペック的にはワイズの方が私より明らかに上だが、私には転生者で人間という事もあり、魔物を倒したときのスキルの入手確率が高い。故にワイズと差が開いてしまった。


「マカロフ卿。どうぞ」


 メリーザはそう言って、ジェネラルワイバーンの肉を焼いて切り取ったモノを渡して来た。ナイフやフォークと言ったものが欲しいが、たまにはこうして食べるのも悪くない。前の世界にいた頃は、バックパックに備品などを詰め込んで、3ヶ月間戦争していたことなどもあった。当然、スナイパーライフルのスコープで、標的がポイントに来るまで待ち構えることもあり、目が離せないという状況下で、その場で尿を垂れるしかないこともあった。それらの思い出が、皆とこうして原始的な生活をすることによって、美化されて蘇るものだ。


「マカロフ卿。何か面白い事でもありましたか?」


 メリーザがそう言って私の顔を覗いて来た。それも少し嬉しそうにだ。どうやら、笑みを浮かべていたらしい。


「いや、何でもない」


「そうでしたか」


 そう言ってメリーザは肉を口に運んでいた。


「前の世界の話を聞かせてよ。マカロフ卿がどんな人間だったのか気になるんだ」


 スーはそう言って目を輝かせていた。彼には私の前の世界にいたときの話が面白いらしい。


「いや、今日は無しだ。しっかり寝た方がいい」


 私はそう言って壁にもたれ掛かった。すると、スーは頬を膨らませて拗ねていた。こういうところはもう永遠に会えなくなった息子にそっくりな分、つい感情移入してしまう。が――。今は仮眠が大切だ。


 私は如何せん便利な体質で、いつでもどこでも寝ることができる。感覚的には目を閉じてプツリと自分の電源を切る感じだ。


 そう――眠りにつこうと思った時だった。


 ゴウ! と地震のような大きな物音がして、ここの地下を大きく揺るがせた。


「何だ?」


「敵かな?」


 うちの構成員は怖い物知らずということもあり、地面が大きく揺れるくらいでは微塵も恐怖を抱かない。寧ろ、場所が場所なことから、強い敵が来ないかワクワクしていると言うところ。


 床を大きく揺るがしながら現れ出て来たのは異質の存在だった。私は見たことが無い事から、メリーザ、レイ、スーの表情を見てみるとどうやら知らないらしい。


 野生の雷黒狼サンダー・ウルフのような顔立ちで、鋭い眼光を放つ黄色の目をしている。特徴的なのは、ねじれた角を頭部に二本生やしていることだ。そして、全身漆黒の体毛に覆われている。屈強な体つきは牛獣人ミノタウロスに近い。また、六本あるその手には戦斧バトルアックスを持っている。熊のような太い両脚には、何やら金色のリングが付いていた。


 グルルルル――と、低い声を喉仏で鳴らしながら、二足歩行で歩いてくるこの魔物の名前は、ディルザードと呼ばれる魔物らしい。しかし驚きなのが――。


「交配種らしいですね」


 メリーザはそう言いながら冷や汗を流していた。恐らくこの地にはコヴィー・S・ウィズダム来ていない。あの著書はあくまで噂を聞いただけだろう。だとするとコレは――。


「自然で生み出された交配種――」


 ディルザードと呼ばれるこの魔物は、どうやら雷黒狼サンダー・ウルフ牛獣人ミノタウロスと魔族の交配種らしい。顔は雷黒狼サンダー・ウルフ、体は牛獣人ミノタウロス、そして六本の腕はまさしく魔族だ。


 体長およそ8m程の巨体を持ちながら我々を睨めつけてくるディルザードは、我々に近付くなり戦斧バトルアックスを振り下ろした。

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