【第六話】騎士 ③

「な、何…………ッ!?」



これは予想外だった。


破壊力なんてレベルの話じゃない。


もはや曲芸の域だ。


捲り上がったソレは何故か全て尖った形状をしており、後ろへ跳んだ恭司を追い詰めんばかりに突き刺そうとしてくる。


上に跳んで躱そうにも、このカザルの体では、それほど高くは跳べないだろう。


ならば退路は、もはや横"しかなかった"。


恭司は一も二もなく横に向けて全力で疾走すると、なかば滑り込むようにスライディングする。


心構えだけでも出来ていたのが功を奏したようだ。


恭司の背後で、床が異常な変形を迎えていっているのを感じる。


正に、間一髪だった。


だが…………


事はそう容易くは終わらない。


恭司が躱した先には、既に騎士が回り込んでいたのだ。



「ハァーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!まぁ、そうだよなァッ!?そうくると…………ッ!!思っていたゾオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



ドォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!



恭司が滑り込んだ先で、さっきの縦の剣技が待ってましたとばかりに繰り出された。


あの新パターンだ。


上から剣を振り下ろした後、タイムラグ無しで流れるように振り上げる妙技────。


重力を完全に無視した、力技の奇跡が繰り出される。


コレもさっき見てはいるが、状況が状況だ。


カウンターなんてしている暇はない。


さらに、


そこに連動して数多の『縦斬り』や『横斬り』のオンパレードが繰り出され、もはや防戦一方だった。


完全に、誘導された────。



「畜生…………ッ!!」



『閃光斬』で学んだのだろう。


あの"縦の剣技"はここぞという時に温存され、他の技と併用して繰り出してくる。


恭司はついさっき食らった時の軌道を思い出して対処しようとするも、他の技に手数を持っていかれ、対応がままならなかった。


体制が悪い────。


状況が悪い────。


兵士50人を相手取った時より、この騎士1人の方が、遥かに技の回転が速かった。


致命傷は何とか避けるものの、完全には捌ききれないくらいだ。


体のあちこちに傷が生まれ始め、少なくない量の血が体から流れ落ちる。


恭司にとってそれは…………


あってはならない、最悪の状況だった。



「くそ…………ッ!!くそくそくそくそくそ…………ッ!!クソォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



次々と量産されていく斬り傷────。


恭司がここから生き延びるためには、五体満足であることはほぼ前提条件になっている。


このカザルの体は、100%完全回復した状態でも、ほとんど一般人にステータスで劣っているのだ。


そこに出血が重なっては、次第に体は動かなくなってくるだろう。


ここから先は、徐々に避けたくても避けられない状況が出てくるに違いない。


いわゆる、絶体絶命という奴だ。


そして、


騎士はそんな中────。


より激しく…………より苛烈に…………より勢いを増して、どんどんどんどんと攻め掛かってくる。



「ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァッ!!それそれそれそれェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ…………ッ!!避けてみろ躱してみろ防いでみろォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!このワシ自慢の技の…………ッ!!大盤振る舞いだぞォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


「ぐ……ッ!!ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………ッッッッッ!!」



スキル『縦斬り』に『横斬り』や横振りの剣技はもちろんのこと、ありとあらゆるスキルや剣技を高速で何度も繰り出されて、もはや対応が追い付かない状況だった。


万事休すだ。


死が脳裏を掠め、死神が大喜びでこっちに駆け寄ってくる。


先に食らった傷の上に新しく何度も傷が刻みこまれ、体中からさらに多くの血が流れ落ちていった。


恭司としてはもう、凌ぐことでいっぱいいっぱいの状況だ。


体が散々に痛め付けられていく中、直撃だけは避けるよう、頭を常にフル回転させている。


心身共に限界近い状態だ。


もういつ倒れてもおかしくない。


騎士はそんな恭司の様子を見て、さらなる奇声を上げた。



「ファーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!イイぞォ…………ッ!!すごくイイ…………ッ!!体が熱く滾って、まるで若返ったかのような心地だ…………ッ!!このワシがこれほど技を駆使しているにもかかわらず、ここまで凌ぎきられるなんて…………ッ!!騎士冥利に尽きるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」



騎士は我を忘れるかのごとき熱量で、さらなる猛攻を仕掛けてきた。


もはや恭司としては、何が何だか分からない状況だ。


小さくもどんどんどんどん増えていく傷に、流れ落ちる血液────。


死を感じる。


死神がすぐ側まで迫る。



せっかく前世の記憶を取り戻したというのに、また無念のままに死にゆくのだろうか────?



「嫌だ…………ッ!!」



嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


死にたくない。


死ぬわけにはいかない。


こんな所が、恭司の墓場であるはずがないのだ。


こうしてる間にも体はどんどん力を失っていくが、まだ…………恭司には活路がある。


やれることは、残っている。


"切り札"もある。


まだ…………戦える────。


しかし…………そんな中、


騎士のさらなる雄叫びが聞こえてきた。



「イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイぞォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!血が湧き立って…………ッ!!肉が踊ってェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ…………ッ!!こ、ここここここここここ、興奮がァ…………ッ!!興奮がもう…………ッ!!止まらないィィイイイイイイイイイィィイイイイイイイイィィイイイイイッ!!」



凄まじい迫力とオーラだった。


完全に常軌を逸している。


そもそも『騎士』なんてものは、無能者の…………何のスキルもステータスもない人間が戦える相手ではないのだ。


『騎士』になった人間は、神託でそれが授けられた時点で人生勝ち組路線が決まるくらい、神から恐ろしく恵まれた能力を授けられている。


こんな化け物を相手にするとなると、本来なら最低でも中級以上の職業がないと、太刀打ちのしようもないものなのだ。


しかし…………


そんな中でも、騎士は無能者相手に闘志を滾らせる。


ふと…………あの猛攻が一瞬止んだかと思うと、目の前にいたはずの騎士は、いきなり天井近くまで跳び上がっていた。


既視感バリバリの光景と共に迫力が押し寄せ、心臓が爆音を奏でる。


恭司の体は、もうとっくに危険信号を発令しているのだ。


体力の底はもう、すぐそこの所まで見えているのだ。


絶望が心の内に広がる。


諦めが一瞬────脳をよぎる。


言われなくても分かっていた。


考えずとも理解していた。


アレは────。


スキル…………『グランドスマッシュ』の構えだ。

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