第16話 次の約束と次の予定
「すまねえな、ラルフル。俺もつい熱くなっちまったぜ」
ラルフルが完全に伸びてしまった後、俺は川辺で手当てをしていた。
最後の一撃以外はラルフルに直撃していなかったとはいえ、完全な素人にいきなり全力で格闘戦をしてしまったのだ。
――よく考えたら、とんでもないことしてしまった。
「うぅ……。やっぱり、自分ではゼロラさんには及びませんか……」
「確かに俺には及ばなかったが、お前の成長スピードには正直驚いてる。今の実力でも、十分に一武闘家としてやっていけると思うぜ」
ラルフルのラーニング能力。そして実直な性格。ひたむきな努力。
これらがあれば、こいつは更なる高みにたどり着くことができるだろう。
――なんだか、俺の方が楽しみに思ってしまう。
「あ、ありがとうございます! 自分、もっと修行して、ゼロラさんと同じくらい強くなってみせます!」
「フッ、そいつは楽しみだな」
ラルフルは満足した晴れやかな笑顔を見せている。
さて、今の俺に教えられることはここまでだ――
「じゃあ、俺は行くぜ。この後仕事が入ってるんでな」
「ま、待ってください、ゼロラさん! いえ……師匠!」
師匠!?
俺のことを師匠って呼んだのか!?
「ぜひ自分も、ゼロラさんのお仕事に同伴させてください! 邪魔はしません! ゼロラさんの様子を、もっと間近で観察したいのです!」
「や、やる気があるのはいいことだが……それはちょっと遠慮して――」
「自分をやる気にさせたのはゼロラさんです! 責任取ってください!」
強引だな!? あと、女みたいな容姿で『責任取ってください』とか言うんじゃない! 周りに人がいたら勘違いされるだろ!?
いずれにせよ、ラルフルに俺の仕事を見られるわけにはいかない!
どうにか……どうにかこの場を切り抜ける方法を――
「んー? ゼロラ殿じゃないか? 仕事はどうしたんだい? こんな所で道草食ってて、大丈夫なのかな?」
そんな俺の元にやって来たのは、よりにもよってリョウ神官!?
切り抜けるどころか、悪化させそうなやつが出てきやがった!?
◇◇◇
「むぅ? こちらの女性はゼロラさんのお知合いですか?」
自分がゼロラさんに同行を願っていると、赤い瞳と紫がかった髪をした、綺麗な女性がこちらに声をかけてきました。
見たところゼロラさんのお知り合いのようですが――
「リョ、リョウ神官……!?」
「おや、珍しい。センビレッジで君が誰かと話しているなん……て……」
ゼロラさんはその女性の名前を言いながら、どこか怯えているように見えます。
あのゼロラさんが怯える程の人ですか――
――ん? リョウ神官!?
確かスタアラ魔法聖堂の大神官様じゃないですか!?
ゼロラさんはそんなすごい人とお知り合いだったのですか!
「ね、ねえ! そそそ、そこの麗しい少女よ! 君の名前はなんというのかな!?」
「じ、自分はラルフルと言います! あと、男です!」
高名なリョウ大神官にお声掛けいただけたのは、非常に光栄です。
――光栄なはずなのですが、ジリジリと自分ににじり寄ってくるリョウ大神官に、恐怖を覚えてしまいます。
自分は思わず後ずさりしてしまいますが、リョウ大神官の動きは止まりません。
「へぇ! その容姿で少年だったとは! うんうん! よく考えたら、君みたいにかわいい子が女の子なわけないよね!」
リョウ大神官は訳の分からないことを言いながら、まるで獲物を見つけた獣のような眼光で、どんどん自分に近づいてきます。
……まずい! この状況はとにかくまずいです!
本能的に大ピンチなのは確かです!
「に、逃げろぉお!! ラルフルゥウ!!」
その様子を横で見ていたゼロラさんが、本日で一番必死な形相と声で自分に叫びました。
そして、次の瞬間――
「逃がさないよぉお! ラルフルくぅううん!!」
「う、うわぁああああ!!??」
――リョウ大神官がものすごいスピードで、自分を追いかけてきました!
自分も必死に逃げます!
捕まったらマズイです! 捕まるわけにはいきません!
捕まったが最後、自分の何か色々なものを奪われてしまいます!
自分の本能が、最大音量で悲鳴を上げています!
「こ、来ないでくださーーーい!!」
「待ちたまえー! せめて連絡先だけでもーーー!!」
とにかく必死に逃げて、ゼロラさんからも遠ざかってしまいました――
◇◇◇
「……もう見えなくなっちまった」
ラルフルはリョウ神官に追われて、どこかへ行ってしまった。
リョウ神官め……。容姿が好みなら、性別さえも関係なしか……。
まあ、結果として梅雨払いができたから良しとしよう。
すまぬ、ラルフル。今度飯でもおごってやる。
奇妙な罪悪感を残しながら、俺はドーマン男爵の依頼先である酒場へと向かうことにした。
ここからは再び、汚れ仕事担当の【零の修羅】に戻ることとする。
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