第7話 裏の仕事

 カラン――


 扉を開け、イトーさんが経営している酒場にやってきた。

 冒険者ギルドを作ったおかげか、酒場はかなりの賑わいを見せている。


「繁盛してるみたいだな、イトーさん」

「おお、来たかゼロラ! とりあえず一杯飲めよ。いつものでいいか?」

「ああ、ロックで頼む」


 イトーさんに勧められ、俺はカウンターの席に腰掛ける。

 仕事がない時でも俺はこの店に立ち寄っては飲んでおり、この二年ですっかり店の常連になっていた。

 辺りを見回すと、この村の人間ではない冒険者で席はほとんど埋まっている。

 俺がこの村に来た直後は閑古鳥が鳴いてたのに、それが今やこの繁盛具合だ。


「繁盛してるのは有難いことだが、いいことばかりでもねえんだよなぁ……」


 そんな俺の考えを読み取ったのか、イトーさんが愚痴をこぼす。


「俺に頼みたい仕事の件か?」

「ああ、そうだ。依頼主はセンビレッジの貴族様だよ」


 このギルドは表向きには魔物の討伐依頼やアイテムの納品を請け負っているが、もう一つ裏の顔がある。

 それは人間相手の汚れ仕事――言ってしまえば、"脅し"の仕事だ。

 依頼主は全て貴族から。

 ギルドを立ち上げた当初はそんな仕事はなかったのだが、不特定多数の人間が出入りするギルドに目を付けた貴族が、自分達に都合の悪い人間を潰すために、脅しの依頼を出すようになった。

 イトーさんも最初は断っていたが、貴族から圧力をかけられて切羽詰まっていた。


 そこで脅しの依頼は俺一人が裏で請け負うことにした。

 俺が使う武術は魔物相手より、人間相手に効果的である。

 俺はパーティーを組んだりするのが性に合わないようなので、表の依頼よりも依頼内容に目をつむれば、好条件とも言える。


「すまねえな、ゼロラ……。お前さんに汚れ仕事を任せちまってよ……」

「気にしないでくれ。イトーさんにはでかい恩義がある。俺一人が汚れ仕事を買って出て、それでイトーさんの立場が守られるなら安い話さ」

「そうは言ってもよ……」


 イトーさんのひどく曇った表情で言葉を返してくれた。

 イトーさんが言いたいことは分かる。

 脅しなんて汚れ仕事を俺に押し付けざるを得ない状況であることは、イトーさんにとっても心苦しいことだろう。

 だが、イトーさんには記憶喪失で孤独だった俺に救いの手を差し伸べてくれた恩義がある。

 その気持ちだけが嫌々ながらも汚れ仕事を請け負う、俺の心の支えだった。




「ようよう、おっさん! マスターと何話してたんだ?」

「ちょいと聞こえてたんだけどよ、おっさん、貴族からの依頼を請け負うんだって? 報酬もさぞ高額なんだろうよ」


 俺とイトーさんが話していると若い冒険者が三人、俺達のところによってきた。

 見たところ、この店では見たことのない顔だな。


「おっさん、結構歳がいってるだろ? 貴族からの依頼なら、キツイ内容なんじゃねえか? ここは一つ、若い俺たちに譲ってくれよ。なあ?」


 なるほど。

 こいつらは貴族からという話を聞いて、俺から仕事を奪いに来たってわけか。

 報酬もさぞ高額だろうと思ているのだろう。


「おい、お若いの。悪いことは言わん。やめておけ。この依頼はこいつにしか頼めねえ内容なんだ」

「おいおい、マスター。贔屓はよくねえなぁ?」


 それにしても、随分とガラの悪い冒険者だ。

 マスターであるイトーさんの話にも、聞く耳を持たない。


「俺はこのギルドじゃこういう依頼しか請け負ってねえんだ。冒険者だったら魔物退治だのなんだの、他の依頼をあたるんだな」

「連れねえこと言うなよ、おっさん。ここは未来ある若者に譲ってだな……」

「しつこいぞ、ガキども……!」


 あまりのしつこさに、思わずドスを聞かせた声で答えてしまう。

 周囲もそれを聞いていたのか、一瞬店の空気が凍り付いてしまった。


「……すまねえ、イトーさん。先にこいつらとナシつけてくる。仕事の話はその後だ」

「はぁ……やりすぎるんじゃねえぞ?」


 ただでさえ脅しの依頼なんてものを請け負うことになったのに、茶々まで入れられたせいか苛立ちを抑えられなくなった。

 仕方ない。少し灸を据えてやるとするか。


「てめえら、三人とも表出ろ。身の程をわきまえさせてやる」

「はぁ!? おっさんが粋がってんじゃねえよ! こうなったら二度と働けねえ体にしてやるよ!」


 俺は絡んできた冒険者三人と共に店の外に出た。



◇◇◇



「あの三人、バカかよ……。ゼロラさんに手を出すなんてよぉ」

「ん? ゼロラって、さっきのおっさんのこと? そんなにすごい人なのじゃん?」


 店の片隅のテーブルで食事をしていた男二人が先ほどの騒動の話をしていた。

 一人はそれなりに経験のある冒険者で、ゼロラのことも知っている。

 もう一人はただ食事をしに来ただけの若者だった。

 この二人に特に接点はなく、たまたま相席していただけである。


「あんた、ここじゃ見ない顔だな? 他所から来た冒険者か?」

「この村に来たのは今日が初めてじゃん。でも、冒険者ってわけじゃないじゃん」

「……あんた、変な喋り方するんだな」


 冒険者の男の方は若者の喋り方が気になって仕方ないようだが、話を本題に戻す。


「さっき喧嘩を吹っ掛けられた人――ゼロラさんはこの村の用心棒みたいな人でな。マスターとも長い付き合いで、詳しいことは知らないが、危ない依頼は全部ゼロラさんにマスターが流してるって話だ」

「それってすごい人ってことじゃん?」


 冒険者の男からゼロラの話を聞いた若者は、興味を持ちながら話の続きを聞き始めた。


「ああ、そうだ。最近この辺りで幅を利かせてる、"ギャングレオ盗賊団"の話は耳にしたことがあるだろ? 王都や流通が盛んなセンビレッジの周辺での被害報告はあがってるが、この宿場村では被害報告があがってないんだ。それはギャングレオ盗賊団がゼロラさんにビビってるからって噂なんだぜ。素手で武装した集団を返り討ちにしたって話もあってだな――」

「……素手でねえ。ちょっと興味がわいてきたじゃん。俺、外の様子を見てくるじゃん」

「え? いや、あんまり近寄らないほうが――」


 冒険者の男は若者を止めようとするが、そんなことは関係なしとばかりに、若者はゼロラ達の後を追うように店を出るのであった。

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