13-8.

 一体何が――と、ジョンが振り返るより先に、誰かが彼のうなじに手を触れた。


「やっと隙が見えました」

 シロウだった。ニコリと笑う彼を、ジョンは躊躇なく裏拳で弾き飛ばした。

 くっと息を吞んで後ろへ下がるシロウ――彼の右手に何か白く光る鎖のようなモノが握られているのが、ジョンの目に入った。


「なン――」

 鎖はシロウに触れられたジョンのうなじから伸びていた。ジョンはその鎖に覚えがあり、どうしてソレがシロウの手にあるのか、不思議でならなかった。

「……僕は君の肌に触れる必要がありました。服越しではダメなんです、君の体に直に触れないと、魂に接触出来ない」


 ジョンの体から伸びる鎖――。それは「精神」や「アストラルコード」と呼ばれる、魂と肉体の間を繋ぐ架け橋だった。シロウは『十字架』とジョンの体を結ぶ鎖のちょうど中間当たりを掴んでいた。


「てめえ、いつの間に……」

 ジョンは右手で『十字架』を握ったまま、シロウを睨む。彼が一体何を目的にして、自分の鎖を掴んでいるのか分からない。ジョンは自身の「精神」を他人に掴まれる言いようのない違和感に苛まれていた。


 こちらの動向を見ていたなら、敵意が纏わり付くであろうシロウの視線を、彼は感じ取れた筈なのだ。しかし、ジョンは自分の背後にシロウが迫っている事に欠片も気付けなかった。


「そもそも、シロウはこの場を離れていない」マンソンが息も絶え絶えに口を開く。「初めから、お前の意識を俺に向けさせ、お前に近付く手筈だった」

「――――」

 ジョンは押し黙り、歯を強く噛んで尚も強くシロウを睨み付ける。しかし、彼はジョンに目を向けず、感慨深げにジョンの鎖を見詰めながら、息を吐く。

「嗚呼、ようやくここまで来られました……」

 その吐息は安堵か、心傷か。


 仮初の「彼の人」を復活させ、悲願を果たした一族は彼を祀り上げた。そして、シロウは人々に確かな「奇蹟」を見せた。彼が一度触れれば、たちまち傷や病気を癒し、治療するのだ。生来より光を失っていたアマキの目すら彼は治し、彼女の目は色を宿すに至った。そんな彼を信奉する民衆は増え続け、商人や地方の役人などから多くの支援を受けた。

 しかし、やがてそんな後ろ盾は不穏な画策をし始めた。政府や「十二花月」への不信感を募らせていた彼らは一揆を企て、シロウをその一揆軍の戦意高揚の為に利用される羽目になった。


 シロウは一揆を止められなかった。彼の言葉は、火の点いた軍隊に届かなかった。国家武力を前に、けれど一揆軍は最後まで戦った。

 籠城する他なくなった一揆軍だったが、「十二花月」は秘密裏に「NINJA」を使って彼らに接触し、もうじき総攻撃が始まる事を事前に伝えていた。そして、「十二花月」はシロウにこう持ち掛けた――「近い内、『彼の人』の偽なる魂がこの国にやって来る」と。その持ち主に文字通り接触するように伝えたのだ。それに従うなら、逃げ道を用意すると。


 ――「彼の人」の遺体は完成した。それを起動させる魂も得られた。嵌めるべき最後のピースは、「彼の人」の属性を持つ魂だった。


「ジョン君」

 シロウはジョンに微笑んだ。ジョンは彼の表情を見て、背後の彼になぜ気付かなかったのか、ようやく分かった。それは彼の中に「敵意」がまるでなかったからだ。

 シロウは、ここに使命感だけを持って立っていた。

 彼の目に、「ジョン」など映っていないのだ。彼は自分を使命の為に必要な「道具」としか見ていない。道具を使うのに、感情など抱きはしない。

「……ごめんなさい」

 いや、それも違う。「道具」と見做さなければならない事に、なんと「罪悪感」すら抱いている。


 使命感だけで己を突き動かす――。それもまた同じ「道具」のようだとは、まるで皮肉。


 シロウが意を決したように目を見開き、その手に掴んだ鎖を一息に引っ張った。異物である筈の彼をまるで受け入れたように、ジョンの手から『十字架』が離れ、シロウの手に納まった。

 肉体が魂を失う――。そうなった時に一体どうなるか、ジョンは身を以て知っていた。シャーロックとワトソンが逝き、ジェーンが大怪我を負った「あの日」、ジョンは今と同じ状態となって、彼らの悲劇を招いた。


 意識が瓦解する。意思が崩落する。自身が喪失する。ジョンはガクンと膝を折り、両手を地に突いた。それでも顔を上げ、必死にシロウを睨み続けた。

「笑えねえんだよ、糞が……ッ!」

 透明な存在を捉えられなかった。無色の敵を予測の内に組み込めなかった。あらゆる無念を残し、ジョンはその場になんの抵抗も出来ず崩れ落ちた。

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