13-6.

「気持ち悪りいなあ、てめえ……ッ!」

 目の前に四体、そして背後に一体。窮地であろう状況でも、しかしジョンの心は乱れない。多対一の戦闘への心得だってある。ジョンは落ち着いて――、まず背後にいる男に回し蹴りを加えた。


「……!」

 ジョンからの痛打を受け、分身は顔を歪ませながらも蹴り脚を掴み、ジョンを拘束した。

「……『苦痛なしに芸術は作れない』」

「あッ!?」

 男の呟きは、ジョンの耳には届かなかった。彼は右脚を掴まれたまま跳び上がると、その脚を軸にして体を回し、左脚で男の頭を吹き飛ばした。成す術なく崩れ落ちた男を尻目に、着地したジョンは前方にいる四人に意識を向ける。


「五体以上は作れないみてえだな」

「そうだな。俺のバンドに、それ以上のメンバーは必要ない」

 ……バンドだと? ジョンは訝しむように目を細め、やがて記憶の中に思い当たる節を見つけた。

「そういや聞いた事あるなあ。ロックバンドを組んで世界中で騒ぎを起こしているフザけた魔人がいるって」


 ――『扇動者』。そう呼ばれる魔人がいる。


 音や振動を受けると、人間の意識は低下する。その曖昧になった意識の中で耳にした言葉は、脳に影響を与えると言われている。いわゆる催眠と呼ばれるモノだ。彼はロック・ミュージックを通して民衆に影響を与え、ファンと呼ばれる信者を獲得した。ただし今のところ、彼がその「信者」を率いて事件を起こした事はない。だが、危険性を孕んだままの彼を静観出来る筈もなく、「教会」は彼を指名手配する事で人々に警戒心を促した。

 彼が目論んだのは、決して民衆をテロリストにする事ではなかった。彼の狙いは、人心の「教会」への離反だ。事実、彼に影響された人々が十字教やその他宗教を見放し、自分達だけのコミュニティを作っていた。


 人々の心を乱し、平和への拠り所である筈の「教会」から引き離す。故に、『扇動者』。その名を――、


「This is the new Shit.」男はニヤリと笑い、見得を切るように両手を広げた。「ダンタリオンの魔人、マリリン・マンソンとそのイカれたメンバーさ」


 おかしな名乗りのような気がした。ダンタリオンの悪魔――と言うからには、男の体に取り憑いたのはダンタリオンという名の悪魔なのだろう。ならばマンソンの名は如何なる意味を持つのか。

「どっちが名前だよ」

「マンソンと呼んでくれて構わない」

 面倒臭えな、魔人が自分に新たな名を付けたってわけか。ジョンは強く舌打ちした。


「一丁前に新しい人生ってか。調子乗ってんじゃねえぞ糞っ垂れが」

「新生か……。言い得て妙だな」マンソンはくつくつと笑う。「俺は悪魔として生まれ変わった人間――。あの『悪逆帝』とはまた違うカタチを獲得した魔人だ」

 自らに取り憑いた悪魔を飲み込み、我が物とした人間、それがジェームス・モリアーティだ。彼は人間でいながら悪魔、悪魔でありながら人間というこれまでの常識を覆した新たな魔人だった。その彼ともまた違うカタチとは一体……と、ジョンは眉をひそめた。


「魔人に種類があるなんて知らねえよ」

 興味もねえけどな――と吐き捨てるジョンに対し、マンソンはさもありなんと頷いて、

「だが、敵について無知である事は愚の骨頂だ。お前達は本来、もっと悪魔について知らなければならないんだ」

 ジョンはやはり眉をひそめる。目の前の男は一体どこに立っているのか、どういった視点を持っているのか。彼の口振りはまるで自分達人間に対し教え、語り掛けるものだった。


「俺は悪魔と契約を交わし、彼――ダンタリオンを受け入れた。今、俺はダンタリオンと同一化した存在だ。人間でありながら悪魔、悪魔でありながら人間――。故に元あった名を捨て、新しい存在として生まれ変わった」

 悪魔によって肉体を一方的に搾取される「憑依」とはまた違った経緯の果てに、彼は魔人に成り果てた。そして人間から乖離する事を、恐らく彼自身が選んだのだろう。


 悪魔との共生、同一化、融合……。確かにそういったカタチの魔人の話を聞くのは初めてだ。


「だからって、てめえが魔人である事に変わりはねえだろ」

「それはそうだ」

 ジョンが放った言葉に、マンソンは口を開けて笑った。その最中で、ジョンは視線だけでシロウを追った。彼は既に、アマキと共に一族達を率いて城の裏手へと回っていた。


 ドオン――という地響きにも似た爆発音。天守閣でベリアルが暴れているのだろう、果たして帝は大丈夫なのか。彼を助ける為にも、あの一族を城から出してはならないのだ。

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