13-4.

「……僕の家族は約束した、いつか必ず助けに行くと。しかし、僕らには『十二花月』に太刀打ち出来る手立てはなかった」

 シロウはジョンから目を離し、彼の背後にいるナズナへと向けた。


「だが、状況が変わった。一年ほど前、我々の下に『遺体』が返還されたのです」

 話が急転したように感じた。アジサイ達の話は最早信頼出来るものではなくなった。ジョンは真偽を問うようにナズナの様子を伺う。


 ナズナは額に汗を浮かべていた。彼女の――、否、アジサイから聞かされていた計画が既に外れている。「彼の人」の一族の経緯など、ジョンに聞かせる筈ではなかった。計画を修正しようにもどうすれば良いのか分からず、彼女は焦りを募らせるばかりだった。


「『人形技術』を用いて『遺体』を完璧な生体へと治し、後は魂を選別するだけでした」

 復活させた肉体に適正な魂を宿す事で、新たな「彼の人」を生み出そうと言う……。眉唾でしかない――けれど、ジョンはシロウの語り口から、こちらを謀ろうとする意思を見抜けなかった。彼はずっと彼の中にある真実を話しているのだ。


「けれど、その前にまだ一つだけ課題が残されていた」

「……どうやって、魂を肉体の内から抜き取るか――」

 ジョンの言葉に、シロウは頷いた。

「しかし、前例はありました。それは――――、貴方の父親ですよ、ジョン君」

「――――」

 何を言っているのかと、ジョンはシロウの言葉を認識すら出来なかった。ジョンの思考は空になり、ただ「あァ……?」と間抜けな声を上げた。


 呆気に取られるジョンの姿を見て、「やはり何も知らない、知らされていない」とシロウは胸の内で嘆息した。ジョン君、君はどこまでいっても利用されるだけの道具でしかない。君の人生は全て仕組まれたものなのだと言わなかったのは、シロウなりの慈悲――否、憐憫だった。


「君の父、シャーロック・ホームズの魂を人ならざるモノへと押し込めたのは、『パラケルスス』と呼ばれる高名な錬金術師。彼はヴィクターやアルセーヌの師でもあった」

 フランケンシュタイン、ルパン、ホームズ――そして「彼の人」の一族。ジョンの知り得ないところで四家は繋がっていた。その奇妙な縁を、シャーロックは知っていたのか。自分とヴィクター、そしてジュネとの関係を、彼はどんな想いで見ていたのか。しかし、父は何も言わなかった。彼だって何も知らなかったのではないだろうか。……今や答えを聞く事すら出来ないという事実が、ジョンの胸に重く伸し掛かる。


 父と母の秘密が次々と暴かれていく。ジョンは自分が知らなかった歴史を、他人の口から聞かされる事に多大な衝撃を受けていた。それでも彼は強く歯を噛んで、シロウを睨み付けた。

「……お前の話が真実だとする証拠なんかねえだろうが」

 その通りですねと、シロウは素直に頷いた。あっさりと身を引いた彼を訝しむように、ジョンは更に目付きを険悪にした。


「『遺体』は完成した。魂を移植する術も得た。残るは魂の選別でした。しかし、『遺体』に適応出来る魂は限られている」

 仮にも「彼の人」の肉体。神の受肉体とも呼ばれたソレに魂を移植したところで、まともに機能する筈がなかった。有象無象の魂は弾き飛ばされ、肉体に留まる事が出来なかった。何百人という選別の末、ついに適合者が現れた。

「それが僕、天草シロウでした」

 二コリと柔らかな笑顔を浮かべ、シロウは壮絶な一言を発した。ジョンは信じられないと、彼の体を上から下へと観察するように目を走らせる。


 天草シロウの体は「彼の人」の肉体。……いや、何を言っているのか。彼の体には目立った特徴などない。瞳の色が皇国人とは離れた碧色である事以外は、どこにも違和感などない。

「そも魂は肉体と同じ形状、大きさをしている――。これは『霊媒医術』で謳われている事です」

 つまり他人の肉体を借りようが、その形を魂に合わせて変えてしまう。自らの魂を埋め込んだ他人の体を、シロウは自分本来の姿に変貌させたのだ。しかし、その際に発生する苦痛は言うまでもない。


 ジョンはその苦痛に覚えがあった。ジョンはシロウが味わった肉体の変貌とは違い、魂の変貌を強いられた。ジョンの体に刻まれた手足首、額、脇腹の傷は、全て本物の「聖遺物」によってシャーロックとワトソンの手に因って刻まれたものだった。

 肉体の傷は魂にも刻まれる。ジョンの「聖痕」はその性質と相まって、魂の変質を強要したが、それこそがシャーロックとワトソンの狙いだった。ジョンの魂はヒトの形を捨て、「彼の人」が死に際に背負った聖十字架へと形を変えたのだ。その際に訪れた苦痛は、言葉で言い表せるものではない。今や『十字架』はジョンの武器だが、決して彼自身が望んで手に入れたモノではなかった。


 片や肉体、片や魂。人ならざるカタチを仕組まれた二人はしかし、互いに相容れない感情を抱いて対峙する。

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