13-3.
「……お前らは一体何がしたいんだ」
ジョンはナズナに向けて一歩、詰め寄った。――途端、ナズナは髪を留めていた簪を引き抜くと、メアリーを抱えるようにしてから、彼女の首にその先端を突き付けた。
「おい……ッ」ジョンから殺意にも似た怒気が溢れ出る。まるで悪魔のような形相を描くそれを背負い、「なんの真似だてめえ、フザけるのも大概にしろよ……ッ!」
「貴方は自分の仕事をしてください……」
目をカッと見開いたまま、ナズナがジョンにそう言う。呼吸が荒いのは極度の緊張からだろう。髪を振り乱し、目を血走らせる鬼女のような姿は、聡明な彼女からは想像出来ない醜いものだった。しかし、彼女にもなりふり構っていられない事情があるのだ。
「さあ、『遺体』を取り返してください」
「どこにそんなモノがあるんだよ、調子コイた事言ってんじゃねえ……ッ」
ジョンの恫喝に対し、ナズナはくつくつと笑う。
「目の前に動いているではありませんか」
「はァ?」
ジョンが頓狂な声を上げた。そしてナズナの視線を追うと、行き着いた先にはシロウの姿があった。
……一体、何を言いたいのか。ジョンはナズナとシロウを交互に見比べた。
「我々の一族には、ある悲願がありました」
ジョンはナズナに視線を置いたまま、耳だけをシロウへ向ける。
「それは、守り続けて来た『遺体』を復活させる事でした」
しかしその発言に、ジョンは度肝を抜かれたように目を見張った。
「……冗談は笑えるから冗談って言うんだ」
「そうですね」シロウはジョンに苦笑を返す。「我々は選ばれし者の魂を『遺体』の中へ入れ、新たなる『彼の人』を生み出そうとした」
「そんな事、出来るわけねえだろうが」
「そう、その筈だった。――『人形技術』が生まれるまでは」
「――!」
ジョンは息を呑んだ。「人形技術」――、遺体に細工を施し、仮初の命を与える事で「生きている死体」を生み出す技術。
「『人形技術』は、理論だけが浮かぶ机上の空論でした。しかし、フランケンシュタイン家とルパン家、その両家は何代も掛けて研究を続けた。膨大な時間の末、ついにヴィクターとアルセーヌが完成させた」
「まさか、『彼の人』を『人形』にしたのか……!?」
驚愕するジョンに、シロウはゆるく首を振り、
「いいえ、違います。我が一族は、そんな紛い物では満足しなかった」
シロウは自分の手を見詰める。その手には先祖達が捧げ続けた祈りが皮膚として、肉として、骨として内在していた。
「『人形技術』は『遺体』を完璧な状態で運用する為に不可欠だった。故に一族は分裂しました。アオモリで『遺体』を守護し、管理する者。海外へ行き、『人形技術』の開発を支援、そして学ぶ者……。僕の家族は後者に属し、そしてここにいる人達は前者でした」
ジョンは「人形技術」の支援者の詳細など知らなかった。ヴィクターから聞いた事もなければ、わざわざ自分から尋ねた事もなかった。……いや、研究資金の出資者に東洋人がいると言っていたような……? ジョンは思い出そうとするも、記憶は曖昧模糊なまま、霧の中へ消えて行った。
シロウは背後にいる老婆達を振り返る。その瞳を受けた老婆は、しかし顔を伏せた。彼女達は結局「遺体」を守り切れず、「十二花月」に奪われてしまった。その負い目からだろうか。
「彼女達は悪くありません」シロウは――初めて表情から笑みを消した。「全てはずっと秘密にしていた『遺体』の在処を『十二花月』に漏らした、裏切者の所為です」
「シロウ君、待って……」
老婆を介護する女性が口を開く。しかし「いいえ、エレナさん」と、シロウは彼女――エレナの言葉を遮った。
「その人の名は、アイリ。
――ジョン・シャーロック・ホームズ君、この名に聞き覚えはないですか?」
「――――」
アイリ――、その名を知らない筈がない。ジョンは深く息を吸い、打ちのめされたような声で、呆然と呟いた。
「……僕の、母親の、名前だ……?」
「そうです」シロウは強い声で言い切る。「君の母親は一族を裏切った。その見返りとして、彼女はこの国の外へと飛び立った。彼女は外国への強い憧れを持っていて、一族の悲願に根ざしたしがらみを疎んでいた」
父と母は英国で出会ったと聞いている。その頃には、既に皇国は「鎖国」を敷いていただろう。ならば、海外へと出られる人間は限られている。なぜ、母は英国にいたのだろうか? ……ジョンは今まで生きてきて、それについて考えた事すらなかった。
「……僕が家族と共にこの国になんとか戻って来た時、既に『遺体』は『十二花月』の下にありました。そして、それを守護していた一族すらも『十二花月』に囚われていた。分かりますか、ジョン君。君の母親の身勝手さが、どれだけの人を不幸にしていたのかを」
高い塀に囲われ、更に決して出られないように敷かれた「結界」はジョンの知るところではなかった。まさに覆われた一つの小世界の中で、彼らは生涯を終える事を強いられた。一族が代々守り続けて来た宝を奪われ、更には自らの生殺与奪の権すらも握られた。全てを失った彼らは「十二花月」に隷属するしかなかった。
その発端は、そして原因はジョンの母――、アイリにあったと言う。
閉じられた皇国から抜け出すには「十二花月」の手を借りる他にない。アイリは一族の願いを売り、自らの自由を手に入れた。そして、遠く離れた英国の地へ降り立ち、彼女はシャーロックと出会った。やがて彼らは子をもうけ、しかしその子供を置いて逝ってしまった。――まるで罪を償うかのように。
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