13-2.

「よォ、お前、誰だ?」

 男が正面を向いたまま、伸ばしたジョンの手を掴んだ――否、違う。男は正面を向いたまま、背中から体を丸ごと生やし、もう一人の自分を生み出していた。


「なんだこれは、気持ち悪りい……ッ!」

「まあ、そう言うなって」

 男は背中から、寸分違わぬ自分自身を生み出した。そのもう一人に両腕を掴まれ、ジョンは身動きが取れなくなっていた。


 分裂――、それがこの悪魔の能力か……ッ? ジョンは自身に背を向けたままの本体と、生まれたばかりのもう一体と対峙する。


「お兄ちゃん……ッ!」

 メアリーの悲鳴めいた声が響き、男が一瞬だけそちらに振り返った。ジョンは自身へ向けられる意識がそちらへ配分されたのを感じ取った直後、跳び上がって男の胸を足で突き飛ばした。

 男は「ぐ……っ」と呻き声を上げて転がった。その様に本体が驚いて振り返るが、素早く起き上がったジョンがまるで彼を出迎えるようにして、その顔に拳を叩き込んだ。


 地面に引っ繰り返った男二人を振り返らず、ジョンは前へと突き進む。狙うは弓を番え、自分へと矢先を向ける女性だ。

 女性――アマキは、迷いなく自分へと向かって来るジョンの姿に目を見張る。武器を携えた相手に対し、尻込みもしないとは。しかし、アマキは動揺を押し殺して、彼に向けて矢を放、つ――、

「アマキッ!」

 鋭い針のような声だった。思わずビクッと飛び上がったアマキは、声のした背後へと振り返る。


 ジョンも彼女と同じく声のした方へと目を向けたが、それは一瞬だけ。すぐに視線を戻すと、自分に意識を向けていないアマキの手から瞬く間に弓を奪い取った。

「貴様!」

 アマキはすぐさま弓を奪い返そうと、ジョンに向けて手を伸ばした。彼は弓を地面に投げ捨て、即座に応戦する。アマキの手首に手刀を当てて動きを捌くと、鳩尾に硬く握った拳を打ち込んだ。


 胸を押さえて地面に崩れるアマキを尻目に、ジョンは彼女を叱責した声の主に再び向き直った。

「……暴力とは、感心しませんね」

「あァ?」

 ジョンはアマキへ労わるような視線を向ける彼――、天草シロウを睨み付けた。

「その声、聞き覚えがあるな」

 眉間に皺を寄せ、凶悪な顔を見せるジョンに、シロウは苦笑を浮かべた。

「ええ、つい先ほど、街道沿いの茶屋でお目に掛かりましたね」

 やっぱりな。ジョンは強く舌打ちし、

「さっきはよくもまあナメた事してくれたじゃねえか。お尋ね者がわざわざ自分の噂話を披露するなんてよ」

「問われたから、答えたまでですよ」

「だから――、ナメた口利いてんじゃねえよ……!」

 空気がビリビリと震えるような怒気だった。ジョンが放つそれを受けるシロウは背中を冷や汗で濡らし、顔を引き攣らせながらも笑みを浮かべて見せた。


「テメエが天草シロウだな。その人達を解放して、どうする気だ」

 ジョンはシロウの背後にいる村人達に目をくれる。状況が分かっていないのであろう彼らの戸惑うような瞳が、掲げる松明の火のように揺れていた。

「そもそも彼らが囚われている事が、どうかしていると思いませんか。彼らは体に流れる血を理由に、不当な理由で幽閉されているのです」

 それは確かにごもっとも。ジョンもシロウと同じ憤りを感じたのは事実だ。だが、帝やコウスケの言葉を借りれば、彼らが外に出たからベリアルがここにやって来られた。


「じょんさん……」

「貴女達は……」

 名を呼ばれ、ジョンがそちらに目を向けると、今朝話をした老婆がシロウの前に割って出て来た。彼女を介抱するように、これまた今朝出会ったのと同じ女性が現れた。

「この人は悪い人じゃないんだ。乱暴な事はやめてくれ」

「…………」

 ジョンは押し黙り、歯を強く噛んだ。天草シロウが悪人であるか否かは、彼には判断出来ない。結論を出す為の材料が圧倒的に足りないからだ。彼は、図らずもまた何も知らないのだ。

「この子は遠い約束を果たしにやって来てくれたんだよ」老婆はシロウを指して、そう語った。「いつか必ず助けに来ると、この子達と大勢の家族が約束してくれたんだ」

「家族って……。まさかお前、この人達と同じ……」

 ――「彼の人」の血を引いているのかと問えなかったのは、ジョンの中で未だコウスケの話が信じ切れていないからだ。


 そんな彼の内心を察しているのかいないのか、シロウは「ええ」と言って悠然と頷き、

「僕とここにいる皆が、『彼の人』と呼ばれる方の末裔です」

 ジョンはいっそ苦し気にシロウを睨み付ける。

「そんな与太話、信じられるわけねえだろうが」

「そうでしょうね」シロウはさもありなんと頷き、小さく苦笑した。「けれど、事実なのです。僕らの一族はそう伝え続け、とある遺体を代々守って来た」

「――――」

 ジョンは息を呑む。シロウが口にしたのは、ジョンがこの国に派遣された目的でもある「彼の人」の遺体の事だ。


「その遺体はミイラ化し、完全な状態で保存されていました。しかし、それを『十二花月』に奪われました。我々は遺体を取り返す為に、何十年もの歳月を掛けました」


「……うン?」

 ジョンは思わず首を傾げた。アジサイは半年前に「遺体」を発見し、確保したと言っていた筈だ。アジサイやナズナ達から聞いた話と、シロウの話が全く噛み合わない。


 シロウの話が正しければ、アジサイ達は十年以上前から「遺体」を確保していた事になる。これは一体どういう事なのかと、ジョンはナズナへ振り返った。

「…………」

 ナズナは何も喋らなかった。しかし額に汗を浮かべ、苦しそうに歯を食い縛っていた。その表情が物言わぬまま、全てを物語っていた。

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