13-1.
「この階段を下るのかよ……!」
ジョンはウンザリといった風でそう言いながらも、二段飛ばしで駆け下りていく。
その後ろを必死の形相で付いて行くコウスケだったが、負傷と疲弊により、やがて階段の途中で崩れ落ちて動けなくなった。
それに気付いたジョンが息を呑み、大急ぎで彼の下へ戻った。
「大丈夫ですか!」
「自分の事はいい……、とにかくナズナ様の下へ……」
「とは言っても、僕は彼女がどこにいるのか分かりません」
「…………」コウスケは渋るような仕草を一瞬見せたが、「……貴方が今朝ほど見た、例の集落にいます」
「――――」
ジョンは押し黙ったまま、コウスケを見詰めた。どうしてこの状況下であそこに向かう必要があるのか、分からなかったからだ。
「あの一族が、この城を護る『結界』の要なんだ」訥々とした調子で、コウスケは話し始めた。「その『結界』は彼らの血、その繋がりに基づく絆を糧にしている。もしも『結界』が崩れたとなると、彼らになんらかの損害が加わった可能性がある」
「誰かがあそこにいる人達を襲ったと言うんですか」
「もしくは、彼らが城の敷地内から出たのかも知れない」
彼らをあそこに幽閉するようにしていたのは、そういう理由があったのか。彼らとの同居が「結界」の構成要素の一つだった。
「確かあの人達の血は希少なものだとか言っていましたよね。どういう事なんですか」
帝やコウスケの口ぶりから言えば、恐らくこの「結界」は神聖なものだ。そうして悪魔などの悪性を拒絶しているのだろう。
神聖な血筋を持つ家系。そしてこの国には「彼の人」の遺体があった。それらから導かれる答えは――、
「もしかして、『彼の人』の血を引く――なんて、言いませんよね?」
「…………」コウスケは皮肉めいた笑みを浮かべ、「与太話にしても、笑えないだろうな」
「……マジか?」
ジョンが信じられないと首を振る姿を見、さもありなんとコウスケは頷いた。
「だが、事実だ。少なくとも『十二花月』はそう信じている。そして実際、『結界』は効力を成している。今の今までこの城――、及び城下町周辺に悪魔の発生はなかった」
遠い東の果てに辿り着いた「彼の人」が、この地に腰を下ろした。そして家族を作り、子を成した。……もしも、それが真実だとしたら?
「今朝、その事実を僕に言い淀んだのはなぜです? 今言えるのなら、あの時だってそう出来た筈では?」
「無理だ」コウスケは首を振り、「『彼の人』の血については『十二花月』当主達から下された箝口令だ。だが、あの時と今では事情が違う。自分は話してはいけない事を貴方に話したが、それは必要だったからそうしたまでだ」
コウスケは必要があらば、規則やルールを蔑ろに出来た。何が今この時に於いて重要なのかを判断する力を持った男だった。彼がジョンに口にした事は、この国のトップ達から敷かれた制限。しかし、それを破ってでも彼はナズナを――延いては「彼の人」の一族を救う事が優先だと判断した。
「とにかくホームズさん、貴方はあの一族の下へ急いでくれ」
早口で話し続けていたコウスケは荒い息のまま、俯いてそう言った。ジョンはそんな彼を置いて行く事に躊躇したが、
「……分かりました。先に行きますので、後から付いて来てくださいよ……!」
意を決し、踵を返して再び階段を駆け下り始めた。コウスケはその背を見送り、
「……まるで、信頼されているようではないか」
浮かべる笑みは明らかな自嘲だった。コウスケは自身の胸を掻き抱くようにして、
「自分は、貴方を裏切っているのに」
その呟きはジョンの耳に届く筈もなく、彼の姿は既にコウスケの視界から消えていた。
あっという間に地上にまで辿り着いたジョンだったが、流石に息が切れたのか、しばらく立ち止まって呼吸を整えた。
「糞っ垂れ、バカ長え階段を行ったり来たりさせやがって……」
文句を言いつつ、ジョンは歩き出す。今朝通った道を記憶の限り辿り、生垣に囲われたあの村を目指す。点々と灯る松明だけが頼りの暗闇の中、見覚えのある武道場が見えて来た。アレがあそこにあるのなら……と、ジョンの頭の中で地図が出来上がった。途端、息を吐き出すと一気に走り出した。
ブレスレットの点滅の間隔が段々と短くなり、やがて発光に変わった。ジョンは顔を上げると、目の前に生垣に囲われた村があり、そこにある堅牢な門から複数人がぞろぞろと出てくるところだった。
村から出て来たのは十五人、およそ三世帯ほどの人数だった。それぞれが持つ灯りが周囲の様子を良く見て取れた。
門の近くにナズナとメアリー。その前に弓を構えた女性、背後には長身の男がいた。恐らく前後の二人はナズナとメアリーの動きを制限しているのだろう。
ジョンはその場に身を屈めた。男と女を抑えなければ、ナズナとメアリーは助けられない。村人達への対処はその後だ。
ジョンは男と女の危険度を推し量る。……男に武装している様子はない。ならば肉弾戦で押し通せる筈。だからより危険視すべきなのは弓を構える女性の方だろう。
ジョンは暗闇に紛れて男性の後ろに回る。背後から密かに彼を取り押さえようとして手を伸ばし――、自分の手首にある「傷」から出血している事に気付いた。
ジョンの手首にある「傷」は聖痕だ。悪魔などの悪性に自動的に反応する。男に近付き、その「傷」が血を流し始めたという事は、つまり……。
コイツ、まさか魔人か……ッ!? ジョンが驚いて目を見張り、咄嗟に下がろうとしたが、既に遅かった。
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