12-6.

 ベリアル、『七大罪』の第二冠傲慢を被る大悪魔。ベルゼブブ、マモン、続いてベリアル……。既に三体もの大悪魔が人間界に現れた事になる。今の今まで鳴りを潜めていた大悪魔が動き出した。その切っ掛けがベルゼブブの語ったところの『特異点』の発生なのだろう。


 そしてメアリーこそが、その『特異点』だった。ベルゼブブは撤退する最後の最後まで彼女に対して強い執着を、聖女ジャンヌ・ダルクは『特異点』という言葉に対し、怯えのようなものを見せた。


 しかし、ジョンは『特異点』が一体なんなのかを突き止められていなかった。彼は「切り裂きジャック事件」終息後、出来る限りの手段を尽くして調べたが、結局手掛かりすら得られなかった。


 メアリーを助けに行くべきか、目の前のベリアルと対峙するべきか。ジョンはどちらにすべきか迷っていた。自身の欲求はメアリーの救出に行きたいが、けれど義務としてここに残るべきだとも考えていた。


 その葛藤を見て取ったのか、ヒガンは、

「ジョンよ、何を惑っている。先に告げたであろう、ナズナの下へ向かえ。そちらの問題を回避出来れば、自ずと全ての問題が解決する」

 どういう事だ? ジョンは訝し気に眉をひそめる一方、コウスケは「そうか……」と何かに気付いたように呟いた。

「御帝様、委細承知致しました」

 コウスケの言葉に、帝は満足そうに頷いた。

「疾く去るがいい。この場は余に任せよ」

 楽しそうに、帝はあくまでも遊戯だと言うように笑っていた。


 ジョンは二人の間の遣り取りを理解出来ず、相変わらず戸惑っていた。コウスケに促されて、ようやく階下へ向かう階段へ足を向けた。

 ジョンは最後まで帝に目を向けていたが、当の帝は振り返る事なく、刀を肩に置いてベリアルへ目を向けていた。

「本当にいいんですか」

「余の力を疑うか。貴様も、こ奴を同じ痴れ者か?」

 確かに彼の剣技は見事だった。あの大口は決してホラではない。あの大悪魔をも倒してしまえるかも知れない。


「行け、ホームズの倅。お前達が事を成せば、結果的に全てが解決するのだ。余が心配だと言うなら、自分の仕事を早急に終わらせるがいい」

「行きましょう、ホームズさん。早ければ早いほどいい」

 コウスケにコートを引かれ、ジョンは歯噛みしながら、帝から視線を断ち切った。


 彼は知らない、「十二花月」と呼ばれる一族がどういうものか。「星」と「神」の争いは、今に始まった事ではない。両者は相容れないからこそ、手を組むしかなかったのだ。


 去り際まで残ったジョンの心苦しそうな視線に、帝はフンと詰まらなそうに鼻を鳴らした。

「残ったのは余と貴様だ。さあ、鎬を削ろうではないか」

「……ハッ。いい度胸じゃねえか」

 ベリアルは笑いながら、けれど帝への警戒をずっと続けていた。飛び込める隙を探しても、彼の姿からはどこにもそれが見えなかった。帝は笑いながらも、その手は常に刀の柄に置かれていた。即ちベリアルが足を踏み出そうものなら、即座に斬り払う備えを怠らなかったという事。


 ――強者だと、ベリアルは素直にそう認めた。ならばこそ、彼は燃え上がる。その顔に浮かべる笑みは深まり、牙を覗かせた。


「お前、名前はなんだよ」

「ほう」帝は面白そうに嘆息した。「悪魔と言えど、礼儀を弁えているらしい」

「オレはベリアル。『傲慢』の銘を刻んだ己が魂の冴え、魅せてやるよ」


 威勢がいいなと、帝は笑い、

「『十二花月』の十、神無月が当主、神無月彼岸――――、推して参る」

 腰は低く、抜刀の構えに落としながら、大悪魔を睨む。帝――神無月ヒガンが名乗りを上げる。


「さあ、来いよ――ッ!」

 紅き目の狂戦士の掛け声を合図に、ヒガンが爆ぜるように床を蹴った。

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