12-3.
ベリアルの拳は滅茶苦茶だ。まるで理論や術理を感じ得ない闇雲な拳、本能に身を任せた獣のような攻撃だった。故に敵の動きが読み難いが、それでもジョンは敵の行動を予測しながら、一つ一つの攻撃を確実に返していく。
こちらが繰り出す続け様の攻撃を往なし、逸らし、躱し、剰え反撃すらも加えてくるジョンの手腕に、悠久の時を生きて来たベリアルも思わず舌を巻く。しかし敵が強ければ強い程、彼の心は奮い立つ。それを証明するかのように、彼は右手にかつてないほどに大きな炎を焚いた。
「……ッ」
空気すら焦げ付くような熱量に、ジョンは目を見張る。怖気たのは瞬きほどの隙間。しかし心の在り様は、愚直なまでに魂に形を示す。
蒼炎がジョンを文字通り飲み込もうと迫り来る。避けようにも、炎はあまりにも大き過ぎた。まるで巨大な隕石にも見える火球は――、
「――――唵ッ」
再びの口上。叱咤するように唱えられた聖音と共に、悪性を拒絶する「結界」が形作られる。ジョンの前に飛び出したコウスケは、その合わせた両手越しに硬い決意を宿した瞳でベリアルを睨み付けた。
「ハ……ッ」
ベリアルはその意気や良しと、コウスケの瞳を認めた。防ぎ切れるのなら、そうしてみろと、彼は炎に包まれる「結界」を静観する。
「ぐ……ぅッ」
ジョンは「結界」が炎を受けた途端、苦しそうに呻き声を上げるコウスケに振り返った。彼は両手を合わせた姿勢のまま、歯を食い縛り、一心不乱に前だけを睨み続けていた。全身に力が入れて体を震わせる姿は、まるで拷問を受けているかのようで。
ジョンは何か出来ないかと手段を模索する中、肉の焼けるような匂いに気が付いた。見れば、コウスケの両手から白い煙が立ち上っていた。
「おい、あんた……ッ」
ジョンの悲鳴染みた声音に、コウスケはあろう事か皮肉気に唇を歪めた。口を開く余裕などない彼は、そんな中でも「貴方のような人でも、そんな情けない声を出すのだな」と、揶揄するような呟きを胸中で漏らした。
――「結界」は対象を拒絶する術師の心を基に形成される。敵を排除したいという「拒絶心」が強い程、強固で堅牢な壁となる。つまり、「結界」の術理はジョンの推測通りだった。縁を依り代にするのも、互いを想い合う心の繋がりが肝であり、その為にコウスケとナズナは「恋人」という関係を構築した。
始まりは確かに偽りだった。けれど今は――。コウスケはふと、頭の中に浮かんだナズナの姿に「くっ」と笑んだ。まるで走馬灯のような彼女の姿は、彼に勇気をもたらした。
負けるわけにはいかない。コウスケは更に強く歯を噛み、全身に喝を入れた。こんなところでは終われない、まだ自分は何も成し遂げていないのだ。
「……ああ、そうさ。自分はなんであれ、彼女を愛しているのだ――」
聖なる音も、はたまた「星」より与えられたとする術も、全ては使用する術師の心の在り様こそが要。ならば、想い人に「逢いたい」と願う心を打ち破れるモノが、果たしてあり得るのか。
蒼炎が爆発、炎上し、天守閣を吹き飛ばした。見るも無残な有り様を晒す絢爛の城、その頂上にて輝く――――赤く光る二つの空間。
大悪魔の権能から堪え切ったコウスケは、ドッとその場に崩れ落ちた。息も絶え絶え、だかしかし生きている。彼はその事実に笑みを零すと、ジョンに振り返った。
想いと炎熱の摩擦で焼け焦げ、肉さえ覗かせるコウスケの両手は見るに堪えなかった。すぐに手当てを施さなければならないのは明白だった。ジョンはコウスケの瞳を受け、小さく頷いた。
「大したモンじゃねえか」
未だ敵は健在。疲弊したコウスケと比べ、ベリアルの姿にはどこにも消耗は見当たらなかった。精神にも肉体にも一縷として欠損はなく、その余裕振りを証明するかのように浮かべた笑みと共に称賛の言葉を贈ってみせた。
「……ナメてんじゃねえよ」
ベリアルの言葉に、ジョンは反骨心を剥き出しにする。コウスケの前に出ると、彼はそのまま『十字架』を中段に構えた。
ベリアルと戦える者は、もうこの場にジョンしか残っていない。しかし目の前にいるのは、恐らく大悪魔の内の一体。彼の口から「ベルゼブブ」の名が出た辺りからもそれが伺える。
大悪魔との戦闘なら、過去に経験がある。あの時もこの『十字架』は敵を消耗させられた。だから、目の前の男にもコレは有効的な筈だ。前回はベルゼブブを退かせは出来たものの、今回はどうなるか分からない――とまで考えて、ジョンはフッと口の中で笑んだ。
今回はどうなるか分からない? そんな事は言葉にせずとも当たり前だ。それでも常に最適解、最善択を掴み続ける。自分はそうやってここまで来られたのだと、ジョンは自身に言い聞かせた。
ジョンが息を吐き、足を踏み出そうとした――その時だった。
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