謙介33

 テンカラのブログで、真維の卒業を知り、謙介は驚愕した。

 病気の治療のためとある。癌が再発したのだろうか?

 謙介は慌てて、真維にメールした。


「そうなんです。左の乳房に癌が転移していたのが見つかったのです」

「いつ手術するの?」

「明日から入院です。それで精密検査して、手術することになります」

 謙介は落ち着きを取り戻し、なぜ早く知らせてくれなかったのか、水臭いなと思った。

「もっと早く連絡してくれたら良かったのに」

「ごめんなさい。でも、まずはバイヤーの皆さんに伝えたかったので」

  彼女らしいなと思った。

「それにすぐに小林さんには分かるだろうから、私からは言いたくなかったのです」

「どうして?」

「私、憐れでしょ?と言っているような気がして」

「そんなこと、とんでもないよ」

 彼は彼女の哀しみのとてつもない深さを垣間見たような気がした。

「つらいな」

「ええ。でも、病気よりテンカラを辞めることの方がずっと辛かったです」

「そうなんだ。ファンの前で発表した時、歓声が上がったでしょ?」

「そんなひどい。歓声なんて。誰も喜んでいません」

  間違えた!こんな大事な時に自分はなんてヘマをしたんだ。いつもここぞという時にドジをしてしまう。からかったと誤解されたら、最悪である。

 焦って、慌てて、訂正する。

「ごめんなさい。ごめんなさい。誤字です。喚声の間違いでした」

謝る絵文字を何個も続けた。しかし、彼女は怒っているのか返信がない。


「芸能界は辞めないのでしょ?」

 ふざけたのではないことを理解してくれたのか、気を取り直したのか、しばらくして返信があった。

「実は事務所からは病気が治ってカムバックしたら、ソロ歌手になるようにと言われました」

「ちょうど良かったじゃない。ソロ歌手になりたかったわけだし」

 本心ではなかったが、とにかく彼女を励ます言葉をかけたかった。

「ブログで見たけれど、みな子さんという人もソロになっているね」

「ええ、そうですが、みな子さんはCDは出していません。私はすぐに新曲を発売して、売り出すとのことでした。"いつか、君とふたたび"のヒットが効いたみたいです」

「そうなんだ。逆に良かったじゃない。怪我の功名というか、病の功名だね」

もう一度励そうと思って、そう送った。


 考えたのか、少し間が空いてから返信があった。

「良かったのですか?そう考えてもいいのですか?」

「うん、良かったよ」

「そうですね。良かったですよね。ソロ歌手になれるきっかけになったのですからね。なんか元気が出て来ました。ありがとうございます。治療、頑張りますね」

「うん。めげずに前向きに頑張って」

家の人が付き添っているから、まずいかなと思いながらも尋ねた。

「お見舞いに行ってもいいかな?」

「すみません。家族以外は面会謝絶になっているのです」

「そうかあ。じゃあ、頑張って。また報告メールくださいね」

  少し落胆しながら、そうメールを送った。

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