謙介31

「1位、おめでとう」

「ありがとうございます」

 ホテル内の鮨屋で、真維はウーロン茶、謙介はビールで乾杯をした。

 

「運営のブログで見たけど、2位の茉由さんとは15万円以上の差があったよね。八百長しなくても1位だったね」

彼女は眉間に皺を寄せた。

「もう、またそれを言う。八百長じゃないですよ」

「ごめん。10万がなくてもダントツ1位だったので、必要なかったなという意味で、悪気で言ったわけではないんだよ」

「いえいえ、小林さんの10万があったので1位になれるという確信が持てたので、安心出来たというか、すごくありがたかったです」

真維は頭を下げた。

 

 謙介は昨夜のことが気になっていた。何をしていたのか遠回しに訊いてみようと思った。

「で、今は忙しいんだ」

「あ、昨日はごめんなさい。一位になったでしょ。それで親会社の宝石の社長さん主催の新年会にテンカラの支配人と呼ばれてたのです。茉由さんは未成年のせいか今まで呼ばれたことがなくて、何をするか何時くらいに帰れるかを聞いても分からず、コンパニオンみたいなことさせられるのかなと行く前はドキドキでした」

「へえー、そうなんだ」

 男と会っていたのではなかったのだと安堵したが、そういう業界なので、何をさせられたのかと不安になった。

「でも、全然いかがわしいものではなく、立食パーティーでお金持ちが集まる、よくドラマであるでしょ。あんな感じの健全なパーティでした」

「そうなんだ」

 今度はすっかり安堵した。

「で、8時に行ったのだけど、親会社の社長に挨拶したり、事務所の社長さんや他のお偉いさんに挨拶して、1時間半くらいで帰れたの。それで10時過ぎには行けると、小林さんに連絡しようと思ったけど、遅いし、急に連絡しても申し訳ないと思って、やめました」

  謙介は思わず飲みかけていたビールを吹き出しそうになった。10時はちょうどデリヘル嬢が来た頃である。真維から10時過ぎに行くと言われたら、非常にまずかった。

 それなら夜中になってもいいから来てくれと言っていたらよかったと、平静を装いながらも、内心後悔し、愕然としていた。

「小林さんは昨日東京に来たのですか?」

「いや、31日に来てね。東京で年明けした」

「1人でですか?」

「いや、息子と一緒に」

「え、小林さんの息子さんは東京にいるのですか?」

また、ドキッとする。

 まずい!大翔のことは内緒にしなければいけない。

「あ、いや、千葉に住んでいるのだけど、東京に呼び出したんだよ。言ってなかったっけ?」

「いえ、初めて聞きました。娘さんが北海道にいるとは聞いていましたが」

彼は慌てて、話題を変えた。

「真維さんは大晦日と元日は実家に帰っていたのでしょ?親孝行ですね」

「もうずっとごろごろしてました。11月末から12月はレコーディングやPVの撮影があって、めちゃめちゃ忙しかったのです。なので、母親がゆっくり体を休めろと言って。この歳になってもまだ過保護なのですよ。31日か元日でも会えましたか?」

「もちろんだよ。遠慮したのだよ。親子水入らずの邪魔をしたらいけないので」

「そんなこと気にしなくていいのに。美味しいものを食べられるのなら、飛んで来ました」

  彼女は口に手を当て、頭を後ろに傾けて、笑った。

 機嫌が良い時にするいつもの仕草を見て、可愛いなと思いながら、彼女はどれだけ本気でそんなことを言っているのだろうか?と疑わしくも思う。 

「CDはもう完成したの?」

「ええ、とっくに。10日に発売です。これから販促活動で、レコード店回りが始まります。今日もこれから打ち合わせがあります」

「どんな曲なの」

「"いつか、君とふたたび"というバラード調の曲です」

「前に歌唱力を活かせる聞かせる歌がいいと言っていたよね」

「ええ、いい曲に仕上がりました。事情があって外国に行ってしまった恋人といつかまた会える時を願うという内容のしっとりとした歌です。で、カップリング曲はアイドルっぽい元気な曲でこっちもいいですよ。買ってくださいね」

「うん、もちろん」

  彼は昨日の疾しさと、彼女の先程の言葉に報いるために何かしたいという気持ちになっていた。

「君がよければ、また10万円出そうか?」

「え?」

彼女は目を見開いた。そして、箸を置き、まっすぐに謙介の顔を見た。

「本当にいいのですか?」

「うん、テンカラットのブログで見たのだけど、いつもCDが出る度にオリコンの順位を発表しているよね?だから、たくさん売れた方がいいだろ?」

「もちろんです。売れなかったらどうしようかとずっと不安でした。本当に感謝します。ありがとうございます」

 彼女はテーブルに着きそうになるくらい深く頭を下げた。


 帰り際、ホテルのエレベーターの前で、ふと思い出して、彼は尋ねた。

「そうそう。副賞で宝石を貰えるのだよね。やはりサファイアにしたの?」

「いえ、血赤珊瑚にしました」

「ち、ちあか?」

「血のような真っ赤なサンゴがあるのです。その血赤珊瑚のペンダントトップにしました。母が赤が好きなので」

「そうなんだ。お母さんにあげるんだ。親孝行だね」

「私、あまり宝石には興味がないので。どうでもいいです。あ、こんなこと言うと会社に叱られますよね」

そう言って、頭を後ろに傾げて笑った。

その時、交通費の1万円を渡していないことに気がついた。渡そうとしたが、彼女は「そんなのいいです」と言った。彼は彼女のリュックサックの中に捩じ込んだ。



 

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