4月2日(日)晴れ 岸本路子との春集まりその2

 春休み10日目の日曜日。

 この日はとうとう路ちゃんの家で路ちゃんの両親と会う日だ。

 路ちゃんの家には何度かお邪魔しているし、お母さまの方が塾の説明会で1度だけ会っているけど、挨拶となると話が違う。

 早めにお昼を食べてからしっかり身なりを整えて、13時半頃に路ちゃん宅の玄関に到着する。


『あくまで遊びに来て貰うだけだから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ』


 路ちゃんには何度もそう言われたけど、今の僕は口から何か出てきてしまいそうだった。

 それでもこのまま玄関前で不審者になるわけにはいかないので、決心してチャイムを鳴らす。


「ご、ごめんください。本日お伺いする予定の産賀良助です」


「あっ、良助くん? わたしだよ」


「ああ、路ちゃん。こ、こんにちは」


「そのまま入って来て」


 そう言われて家の扉を開くと、路ちゃんとお母さまが待ち構えていた。


「いらっしゃい、産賀さん。塾の説明会ぶりね」


「ほ、本日はお招き頂きありがとうございます」


「ふふっ。路も産賀さんの家で似たような感じになってたんだっけ?」


「お、お母さん……そうだけれど」


「さぁ、上がってくださいな」


 お母さまにそう促されたので僕は靴を脱いで上がらせて貰うけど、今日いるはずのもう一人の姿が見えないので不安になってしまう。


「あ、あの……路子さんのお父さんは……」


「あら? 普段は路ちゃんって呼んでるんじゃないの? 遠慮しないでいいわよ」


「は、はい。それで路ちゃんのお父さんは……」


「そ、そっちの部屋で待ってるわ」


 そのままリビングに通されると、何度か見た景色の中にお父さまが居座っていた。

 僕はその姿が目に入った瞬間、背筋をピンと伸ばす。


「お、お邪魔しています! 僕は路子さんとお付き合いさせて頂いている――」


「産賀良助くん、だね」


「は、はい……」


「ようこそ。よく来てくれたね」


「お、お招き頂きありがとうございます」


「…………」


「…………」


 しかし、お父さま……いや、そろそろ普通に書こう。路ちゃんのお父さんとの会話が急に途切れてしまう。

 こういう時、何を話せばいいか事前に調べていたけど、会話が止まった直後の切り出し方は調べていなかった。

 このまま沈黙が続いてしまうと……


「もう、お父さん。緊張し過ぎよ」


「……えっ?」


「だ、だって、こういう時、何を話せばいいかわからないし……」


「それは私の家に初めて来た時を思い出してくれたら」


「そう言われてもお義父さんはかなり寡黙な人だったから……」


「え、えっと……」


「……良助くん」


僕が岸本夫妻のやり取りに困惑していると、路ちゃんが僕の耳元まで近づいてくる。


「実はわたしのお父さん、凄く…………シャイなの」


「えっ!? しゃ、シャイ……」


「うん。わたしよりはマシだけれど、あんまり話すのは得意じゃなくて……」


「そ、そうだったんだ。でも、それならそうと……」


「じ、自分のお父さんがシャイって言うの……恥ずかしいと思わない?」


 そう言った路ちゃんは実際に恥ずかしそうにしていた。

 僕としては怖い人と言われるよりはいいけど……シャイに限らず自分の親の特徴を話すのがちょっと恥ずかしいのはわかる。


「あっ、産賀くん。立たせたままで悪いね。座ってくれて大丈夫だから」


「は、はい。ありがとうございます」


「えっと……それじゃあ、後はゆっくり………」


「お父さん。せっかくなんだから色々聞きましょうよ。産賀さん、路との馴れ初めを聞かせてくれる?」


「な、馴れ初めですか」


「お、お母さん! それはわたしが話したことあるから……」


「本人から聞くのはまた違うでしょ? 飲み物持ってくるからちょっと待っててね」


 それから、僕の家に来て貰った時とは逆に僕が路ちゃんの両親に対して……正確にはお母さんに対して色々話していく。

 僕の口調は堅いままだったけど、路ちゃんのお母さんがかなり聞き上手だったおかげで、話し終わる頃には僕の緊張もだいぶほぐれていた。


「そっかぁ。お母さんが知らない間に産賀さんは連れ込まれてたのね……」


「わ、わたし、家に来たことあるのは言ったでしょ!?」


「あら、そうだったかしら? でも、これからも遠慮せずに来てくれていいからね?」


「もう……」


 路ちゃんとお母さんの関係は思ったよりお母さんがグイグイ行く感じだったので、路ちゃんの性格面はお父さん似なのがよくわかる。

 一方で、ふとした瞬間には路ちゃんと似た雰囲気を感じるから、見た目はお母さん似なのかもしれない。


「あっ、そういえば卒業アルバムを探すのを忘れていたわ。すぐ見つかると思うから待ってて貰える?」


「それならわたしも探してくる。たぶんわたしの部屋にあるし……」


「別に部屋を物色しないわよ?」


「そ、そうだとしても! ゆっくりしててね、良助くん」


「あっ……うん」


「…………」


「…………」


 しかし、会話が一段落したところで路ちゃんのお父さんと2人きりにされてしまう。

 この状況は……何か話さなければ。とりあえず路ちゃんのいいところを言って――


「産賀くん」


「は、はい!」


「一昨年の話になるのだが……路が少しだけ学校を休んだ時、うちに来てくれたのは産賀くんで合ってるかい?」


「あっ……はい。僕と花園さんです」


 それは……路ちゃんが文化祭の時に、事故のように出会ってしまった昔の同級生との一件だった。

 あれからもう随分と経って、路ちゃんとの会話の中でこの件が出ることは無いけれど、胸の奥には残っている。

 今思えば……路ちゃんとの距離がだいぶ近づいたのはこの件以降だった。


「花園さんの方は少し前に遊びに来て貰ったから、産賀くんに言うまでかなり時間がかかってしまったが……お礼を言わせて欲しい。ありがとう」


「いえ……僕は何も」


「……路はね。僕の悪い部分で似ているところが多い。外では口下手で、積極的に動くのを怖がってしまう。でも、それがここ最近……休むの止めた後からだ。以前よりも変わったと思う。きっとその一因は……産賀くんだろう」


「そう……なんでしょうか」


「もちろん、花園さんや他のお友達、部活の仲間の影響もあるのだろうけど……よく話していたのは恐らく産賀くんのことだった。だから、君と付き合い始めたと聞いた時……半分は普通にショックだった」


「す、すみません……」


「あっ……違うんだ。悪い方から先に言った方がいいと思って。それにこれは父親心としての話で……もう半分は君で良かったと思うんだ」


「……ありがとうございます」


「いやいや。重ねてお礼を言うのは僕の方だよ。だから……重く受け止め過ぎないで欲しいのだが……これからも路と仲良くしてやって欲しい」


 そう言いながら路ちゃんのお父さんは軽く頭を下げる。

 予想していなかった行動に僕は一瞬固まってしまったけど、すぐに大きく頭を下げて言う。


「はい! 路ちゃんのこと……大切にします!」


「…………」


「あっ、すみません! その……僕のも重い話ではなく、かといって軽い言葉でもなく……」


「ははっ。わかってるよ。難しいよね、彼女の父親と話すのって」


「うぅ……はい」


「でも、産賀くんはしっかりしている方だ。僕なんか……未だに嫁と娘以外と話すのは苦手だよ。本当に……そういうところは成長しない。だから、路にも悪影響が……」


「だ、大丈夫ですか?」


「あー! もう、お父さんったらまたブツブツ言って……」


「ごめんね、良助くん……お父さん、そんなことないから」


 卒業アルバムを探し終えた2人が落ち込み始めたお父さんを見て、すぐさまお叱りと慰めの声をかける。

 ……まぁ、確かにこうなることを行く前から説明されると、僕もかえって困ってしまったと思う。

 でも、当然のことではあるんだけど、路ちゃんのお父さんなんだなぁと思えてちょっと安心した。


 その後は路ちゃんとゆっくり過ごして夕食を頂いた後に帰宅した。

 後半からはだいぶ僕らしく振舞えたと思うけど……印象に残っているのはお父さんとの話で、そこ以外は緊張も混じって少し飛んでしまっている。

 ただ、1つ言えるのは……路ちゃんの両親の期待に応えられるようになると思ったことだ。

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