3月19日(日)晴れ 急接近する岸本路子その7

 思った以上に緊張していた日曜日。

 予定通り路ちゃんを家に招く前に、午前中は一旦外出して、路ちゃんと一緒に外でお昼を食べる。

 それから家の方に確認を入れた後、路ちゃんを家まで案内した。

 途中で小中学校時代の話も挟みつつ、自宅に到着すると……僕は呼吸を整える。


「ただいま」


「お、お邪魔します……」


 そう言って2人で玄関を跨ぐと、待っていた両親と明莉は声を揃えて「いらっしゃい」と言う。


「こ、この度はお招き頂いてありがとうございます。わ、わたしは……岸本路子といって……」


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、岸本先輩。というか、こういう時はりょ……お兄ちゃんが紹介するものじゃないの?」


「そ、そうしようと思ってたけど……」


「……はっ!? ご、ごめんなさい! わたしが先に喋り出しちゃったから……」


「これは相当緊張してますなぁ。まぁ、とりあえずあがってください。いいよね、お母さん?」


「ええ、もちろん。何だか微笑ましいわ」


「そ、そうだな。うん……」


「ちょっと、あなたまで緊張してどうするの」


「だ、だって、良助が本当に彼女を連れてくるだなんて……」


「あかりの時はわりと圧を出してたのに」


「それとこれとは話が違うの!」


 父さんが妙な方向に行き始めたので、僕は少し頭を抱えつつ、路ちゃんを居間に通した。

 これから具体的に何をするかは決まっていないけど、母さんは飲み物を置いた後、明莉と共に路ちゃんの傍に座ってきた。


「本当によく来てくれたわ、岸本さん。いえ……路子ちゃんって呼んでもいいかしら」


「あっ、えっと……構わないです」


「じゃあ、あかりも路子先輩……よりも路子おねえちゃんのほうがいいかな?」


「お、おねえちゃん……!」


「あっ、もちろん義理の義が付く方のお義姉ちゃんね?」


「いや、言葉で言う分には変わらない……って、そうじゃないわ! さすがにそれは……」


「お、おねえちゃんで大丈夫です……!」


「えっ!?」


 そう言った路ちゃんは瞳を輝かせていた。

 これは僕との関係を深めたい……のではなく、単におねえちゃんの響きが良かったやつだ。

 一人っ子だし、今まで言われ慣れない響きが刺さったのかもしれない。

 まぁ、そうやって懐に入り込むのは明莉の得意技だ。


「もう、りょうちゃんは堅いところあるんだから。あっ、ちなみに家ではりょうちゃんって呼んでます」


「そうだったんだ。そういえば松永くんもそう呼んでたね……良ちゃん」


「は、はい」


「路子ちゃんは普段、路ちゃんって呼ばれてるのね。いつ頃から呼ばれ始めたの?」


「1年生に字は違うんですけど、同じきしもとさんが来てからです。でも、初めの頃はお互いに慣れなくて」


「あー りょうちゃんはそういう時シャイだからなー」


「でも、うちで話す時は岸本さんだったわよね?」


「い、いや、さすがに家族の前で言うのは違うかなと」


「良助くん……そう思ってたの?」


「あっ、違う違う。悪い意味ではなくて……」


「お母さん……! りょうちゃんが彼女さんに振り回されてる……!」


「ええ。何だか楽しくなってきたわ」


 僕の恥ずかしさが増す中で、明莉と母さんのテンションはどんどん上がっていく。

 そこから1時間以上は明莉と母さんの質問に路ちゃんが答えて、僕がいじられるという流れが繰り返された。

 正直、抜け出したい気持ちもあったけど、逆に明莉や母さんが何を言うかわからないので、ストッパーとして居座らざるを得なかった。


「こっちが小学校、こっちが中学校の卒業アルバムね。それから、これは小学校の時に作った物とかが入ってるやつで……」


 その話し名が終わると、僕の思い出博覧会タイムとなる。

 確かに卒業アルバムを見せる流れは定番だけど、本当にこうなるとは思わなかった。

 路ちゃんも結構前のめりになって見ていたので、興味があったのだろう。


「わぁ……この頃から明莉ちゃんにべったりだね」


「この頃から?」


「あれ? 今はそうでもないの……?」


「うーん……いや、べったりですね」


「お、おいおい」


「ふふっ。明莉ちゃんの話、1年生の頃からよく聞いてたから」


「いやぁ、あかりってもしかして有名人にされちゃってる?」


 油断していると路ちゃんも何を言うかわからないので、僕は結構大変だった。

 いや、別に嫌なわけじゃなく……むしろ楽しいまであるんだけど、恥ずかしいことには変わりない。


「本当に穏やかそうでいい子じゃないか」


「う、うん」


 だから、少し時間が経って落ち着いた視点で見てくれる父さんが今日は何だか心強い味方だった。

 桜庭くんが来た時はそれどころじゃなかったのに。

 やっぱり息子と娘では感覚が違うのだろうか。

 ということは、僕が路ちゃんの家に挨拶へ行った時は……


「……父さん、今度聞きたいことがあるから、その時はよろしくね……」


「お、おう? 何かはわからないけど」


 途中から母さんは夕飯の準備を始めて、僕と父さんはそれを手伝ったので、路ちゃんと一番話していたのは明莉だった。

 時々様子を見に行くと、路ちゃんはすっかり明莉の妹ムーブに絆されて、かなりデレデレした感じになっていた。

 ……なんかこう書くと、途端に悔しさが湧いてきたけど、あくまでこれは妹の力によるものだ。僕とはこう……別の方向性だ。


 そして、夕食はいつもよりも少しだけ豪華にしつつ、僕が慣れ親しんでいる料理を路ちゃんにも食べて貰った。

 路ちゃんは律儀にも全ての料理にひと言ずつ感想を言うので、母さんは凄く嬉しそうだった。


「ここで大丈夫かな? それじゃあ、岸本さん。また遠慮なく遊びに来て貰って大丈夫だから」


「はい。今日は本当にありがとうございました」


 その後、さすがに歩いて送るのは距離が遠いので、父さんの運転で路ちゃんの家まで送って貰った。


「良助くんもありがとう。また明日ね」


「うん。また明日」


「おやすみなさい」


「おやすみ」


「…………」


「…………」


「……いい空気のところ悪いけど、もういい時間だからね」


「す、すみません!」


「ご、ごめん、父さん」


 何か特別なことをしたわけじゃなかったけど、家に来て貰っただけで、路ちゃんともっと親密になれたような気がした。

 今度、路ちゃんの家に伺う時は……帰りの車内で聞いた父さんの助言を活かせるようにしようと思う。

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